アイスブルー(ヒカリのずっと前)
「あ、そうだ。結城は大学に行くって」
「そうなの? 頭がいいものね」
母親が布団を敷いている。
「さみしいでしょう」
「そんなことないよ。」
「また強がって」
母親が布団に入る。
「拓海は結城くんとずっと一緒だもの」
「仕方ないよ」
拓海が身体をのばして寝室の障子を閉める。
「おやすみ」
「おやすみ」
障子の向こうで母親が安堵の溜息を深くつく。
母親は八時半に起きなくてはならない。
四時間の睡眠だ。
拓海は肘をついて目を閉じた。
早く母親を助けたかった。
テレビから朝のニュースが流れ始める。
拓海は目を開けて、ボリュームを絞った。
変な夢だった。
あれは、そう、昨日見た女性だった。
母親らしき女性に引っ張られ、引きずられるように歩いていた。
木枯らしが彼女の姿を消そうとするが、なぜか拓海は彼女を見失いたくないと考えていた。
彼女は長い髪を一つにまとめ、痩せ細っている。
彼女が振り返る。
若い。
まだ十代のようだ。
彼女が首を少しかしげ、それから目を見開く。
拓海は彼女に手を伸ばした。
なぜか冷たい風の中で、自分は半袖を着ている。
枯れ葉が腕に舞いおちるのが見えた。
そして「お願い……」拓海はそこで考え込む。
「なんて言ったんだろう」
「僕が彼女にお願いすることなんか、あるんだろうか」
けれど、拓海は言葉では言い表せないな感情が、胸にわき起こっていることに気づいた。
「寂しい? いや、悲しい? なんだろ、切ないな」
胸に手をやる。
とくとくとく、と鼓動が手のひらに感じられた。
彼女のことなんか知らないのに、なんだろうこの感じ。
今すぐ泣けといわれたら、すぐにでも涙があふれそうだった。
「おかしくなっちゃった」
拓海はふうっと息をはくと、目覚めのコーヒーを入れようと立ち上がった。
やかんの口から湯気が上がるのを見ながら、彼女にもう一度会いたいと思った。
夢を見ただけだけれど、なぜか意味があるように思えた。
「光も……」
青白い光は何の意味があるのか。
もし拓海の中に、すべてを超越した存在があるのなら、その存在が訴えているようだった。
この出会いは、とても意味のあることだと。