アイスブルー(ヒカリのずっと前)


道なりに数分。
見慣れた家が視界に入って来た。

鈴音は思わず立ち止まる。


二階建ての木造一軒屋。
二階の木枠の窓から外を眺めている、幼い自分が見えるような気がした。


しばらく通りから家を黙って眺めた後、鈴音はジーンズのポケットから小さな鍵を取り出した。
胸の高さの鉄門を開け、中に入る。
玄関まで石が敷かれている。
踏みしめると小さな音がした。


「庭も手入れしなきゃ」
鈴音は雑草が生い茂る小さな庭を見てそう言った。


鍵を玄関の引き戸に差し込む。
記憶の中にある、なじみある手応え。


「こつがあるの」
鈴音は笑みを浮かべる。

強く押してから、力を一瞬抜き、くるっと回す。
鈴音は再びポケットに鍵を閉まってから、引き戸を静かに開けた。



真っ暗な室内に、埃の匂い。

玄関はきれいに整えられている。
右手には年季の入った、茶色い靴箱。
その上には、今では見かけなくなった大きな電話の子機があった。


鈴音はスニーカーを脱いで、玄関に荷物をどさっとおろした。


玄関からは短い廊下が伸び、奥に洗面所がある。
洗面所の手前には二階へ上がる階段。
手を伸ばし手すりに触ると、冷たく滑らかだ。


鈴音は左手の居間に向かう。
ガラス障子を開けると、畳の香りがふわっと漂ってきた。
左手の雨戸の隙間から、光が差し込んでいる。
光の筋に埃が舞っているのが見えた。


「まだおばあちゃんの気配がする」


鈴音はきしむ雨戸とガラス戸を、大きな音をたてて開けた。
日差しと風が、部屋を一気に満たす。


家が時間を取り戻しはじめた。


鈴音は改めて部屋を眺める。
居間と隣り合わせで、台所がある。
祖母はお勝手と呼んでいた。


引き戸を開けると、湿った空気。

右手の食器棚には、まだたくさんの食器が入っていた。
ビニールがかけられたダイニングテーブルが真ん中におかれている。
正面奥には、コンロとシンク。
シンクの横に、裏庭へ続く勝手口。


上からつられた食器棚の下には、小さな窓がある。
開けると裏庭の木々が見えた。
風が家中を通り抜ける。


「すずちゃん、ジンジャーエールを飲むかい?」

「うん。はちみつ、いっぱい入れて、おばあちゃん」


裏庭では、祖母がいろんな物を干していた。
大根の皮や、果物、きのこ。
いつもこの台所と、勝手口を行ったり来たり。
一時もゆっくりとしてなかった。


左手の扉から廊下が続き、奥に祖母の部屋があった。
襖を開き、部屋に入る。
カーテンを開け、光を入れた。


小さなテーブル。
足踏みミシン。


そして仏壇。


「ただいま、おばあちゃん」
鈴音は言った。
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