アイスブルー(ヒカリのずっと前)
拓海は坂道を上る。
自然と足が向いていた。
太陽がじりじりと皮膚を焼く。
もともと色白の拓海の腕は、そのうち真っ赤にはれるだろう。
「日焼け止めぬってくればよかった」
坂の上を見上げる。
夏の雲がゆっくりと動いて見える。
日陰を求めて、道の端っこによってみるが、腕だけはどうしても太陽に出てしまう。
「陽が本当に長くなったな」
そう独り言をいい、ぼんやりと考えた。
このまま坂をあがり、あの家に行き着いたとしても、だから何だろう。
彼女に話しかける勇気があるわけでもなく、でもあきらめて家に帰る訳でもない。
夢に出て来た彼女の顔が、一瞬拓海の頭をよぎる。
まだ幼くて、そしてたぶん、とてもおびえてた。
拓海は鞄からハンドタオルを出して額を拭う。
「もう夏」
ふたたびタオルを鞄にしまう。
白いシャツの背中には、うっすらと汗がしみている。
この間みたいに風が吹いたらいいのに、と拓海は考えた。
雲はゆっくりうごいてる。ということは、上空には風があるんだな。
彼女の家の前に到着した。
玄関も、コンクリートブロックの壁も、先日見たときと変わらない。
「外観だけ見て、だから何をするんだ」
拓海は自嘲した。
ふと視界の上の端に青白い光が見えた気がした。
拓海は目を上げる。
日本家屋の二階。
窓が開いている。
鉄の欄干があり、その奥の部屋から青い光が見えている。
「あそこにいるんだ」
拓海は中をのぞきたくて、道の真ん中に進みでた。
痛いほどの日差しに負けず、拓海は目をあげる。
手をかざし、目を細めた。
彼女の……あれは、肘が見える。
何やら動いてる。
何をしてるんだろう。
しばらく拓海は、道の真ん中に立ち尽くした。
コンクリートの照り返しで、足の下から熱気があがってくる。
ふと彼女の動きが止まった。
何か考えるように、動かない。
そして欄干越しに、窓から顔を出した。
日差しに首をのばして見せた顔は、少し驚いたようだった。
拓海はその顔を見て、そしてその瞬間、脳裏に連続して映像が瞬いた。
布団の上に丸まって、動かない彼女。
瞳に涙を溜めて、唇を噛み締めている。
寒空の下。紺色のコート、その下には紺色のプリーツスカート。
誰かに怒鳴っている彼女。
そしてこの家。
たぶんこの家で、誰かに背を向けて走り出してる彼女。
はっと気づくと、太陽の下にいた。
汗をかいていた。
暑いからじゃない。
冷や汗を全身から出して、手足が震えていた。
とても立っていられない。
膝に力が入らず、思わずよろめく。
彼女は「あ」という驚きの表情を浮かべた。
拓海は熱いコンクリートに手のひらをつく。
そして勢い良く倒れ込んだ。