アイスブルー(ヒカリのずっと前)
たまらない高揚感で、自然と足が駆け出してしまう。
「全部しゃべった。全部本当のことをしゃべっちゃった。」
拓海は鞄と紙袋を抱えて、坂道を転がるように降りて行く。この話をしたのは、初めてだ。
変な人だと思われたかもしれない。けれど手を振る鈴音の見せた笑顔を思い出すと、またさらに気持ちが高まる。
拓海の着ているシャツから、なじみのない洗剤の匂いがする。自宅の団地にたどり着くまで、拓海の高揚感はおさまらなかった。
空はオレンジ色に染まり、少し気温が低くなってきた。
広い団地の敷地。同じような建物がたくさん立っている。建物は灰色。雨のシミが壁をまっすぐつたっている。塗り直したばかりのベランダの柵だけが、真っ白だ。
気づいたときには、もうここに住んでいた。
ずっと同じ部屋。二階の角。
結城の部屋は、その斜め上。三階だ。
狭いコンクリートの階段をかけあがる。外廊下を走り抜け、一番奥の部屋へ。
深緑に塗られた鉄製のドアに鍵を差し込み、勢い良く開けた。
奥の部屋の窓からは西日が入り、二DKの狭い部屋は茜色に染まっている。ベランダに備え付けてある旧式の洗濯機に、汗で濡れたシャツを放り込んだ。小さな冷蔵庫から、イオン飲料を出して飲む。
彼女の名前は市田鈴音。
歳は、おそらく拓海の母親とそう変わらない。
でもきれいにしている。
自分をきれいにしておく余裕がある。
なぜ彼女と話したというだけで、彼女に秘密を教えたっていうだけで、こんなにもうれしい気持ちになるのか、拓海にはわからなかった。
ただ胸がどきどきして、笑顔になるのを止められなかった。

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