アイスブルー(ヒカリのずっと前)
三
何度か意味もなく、門の方を見てしまう。
庭の草をむしりながら、鈴音は首を振った。
あれからもうずいぶんたつ。
まだ洋服を返しにこない。
「いつくるのかしら」
草を根っこから抜きながら、鈴音はそうつぶやいた。
日差しは本格的に夏になってきている。
六月も終わりに近い。
振り返り、家を見上げた。
一ヶ月をかけて、この家を磨いて来た。
手を触れると、祖母のエネルギーを感じられる気がする。
祖母が愛していたこの家。
「すずちゃん、草むしりが終わったら、アイスあげるよ」
祖母の声の響きを思い出して、鈴音は微笑んだ。
「アイス、アイス、アイスが食べたい」
節をつけて鈴音が歌う。
「蝉はまだかな」
鈴音は眉をしかめて言った。
鈴音は蝉が苦手だった。
あの大きな羽を広げて、鈴音に突進してくる。
随分昔、この庭で追いかけられた記憶があった。
「蝉はこないで、こないで、こないで」
また節を付けて歌う。
ふと玄関で電話が鳴っているのに気づいた。
「はいはい」
鈴音は軍手を脱ぎすてると、電話に走った。
「もしもし」
首にかけたタオルで汗を拭いながら電話に出る。
「鈴音?」
「母さん」
「鈴音は今日、何か予定がある?」
「特にないけど」
「じゃあ、デイサービスの方に来ていただける日だから、そちらへいくわ。渡したい物もあるし」
「そう。ありがとう。何時ごろ?」
「お昼過ぎ」
「じゃあ、ごはん用意しておく」
「いいわよ、そんなの。面倒くさい」
「いいの、料理は好きだから」
「おばあちゃんに似たのね。わかったわ、ごちそうになる」
「駅についたら電話して」
「わかったわ。また」
そういって電話が切れた。