アイスブルー(ヒカリのずっと前)
母親も自分と同じ年月を過ごしている。
白髪まじりの髪を一つに縛り、白いブラウスを着ている。
ベージュのスカートからは、細い足がのぞく。
勤めていた頃と同様身ぎれいにしていたが、疲れは隠せていなかった。
「懐かしいわ」
玄関に入ると、母親は目を細めた。
「いらっしゃい。入って」
鈴音は母親を招き入れた。
母親は神妙な顔をして、周りを見回した。
「まだ、おばあちゃんが住んでるみたい」
「でしょう?気配がする」
鈴音が言う。
母親は部屋に入り、縁側近くの風通しのいい場所に座る。
「お昼は麺にした。韓国風のぴりっとした、冷やし麺」
鈴音は台所から大きな声で話しかけた。
「おいしそうね」
母親が答えた。
「先に麦茶、どうぞ。麺をこれからゆでるから」
鈴音は麦茶のグラスを持って行き、手渡した。
「ありがとう。ちょっと上を見て来てもいい?」
母親が二階を指差す。
「いいわよ、もちろん」
母親は立ちあがり、二階に上がって行く。
鈴音は台所で大鍋にお湯を沸かし始めた。
二階から、母親がゆっくりと歩く、ミシミシという音が響いてくる。
鍋から湯気が上がりはじめた。
鈴音が高校を卒業するまで、母親と鈴音はここで祖母と住んでいた。
父親は単身赴任で東北に行っていたため、母親の実家であるこの家で過ごしていたのだ。
祖父はずいぶん前に他界していた。
母親はその頃働いていて、鈴音はずっと祖母と一緒だった。
「さあ、できた」
キムチを添えて、彩りにエゴマをのせる。
折りたたみ式座卓を出して、縁側近くにセットした。
「おいしそう」
二階から降りて来た母親が言った。
「のびないうちにどうぞ」
「いただきます」
母親が手を合わせ、目を閉じて丁寧に言う。
「いただきます」
鈴音も同様に手を合わせた。
二人は静かに食事を進めた。