アイスブルー(ヒカリのずっと前)
「知ってる人?」
そう問いかけられて、拓海は我に返った。
「あ、うん……いや、知らないよ」
慌てて答える。
「どっちだよ」
結城が笑いながら言った。
「知らない人」
拓海は結城を見上げて答えた。
「じゃあ、なんでそんなに驚いてるんだ?」
結城の前髪が風にゆれる。
「なんでもないよ」
拓海は鬱陶しそうに言った。
「ふうん」
結城が納得いかないというような顔をして、歩き出した。
拓海も後ろに続く。
「まさか好みのタイプとか?」
結城が振り返りながら聞いた。
男性とは思えないきれいな顔に、からかうような笑みを浮かべている。
「何いってるんだよ」
拓海が眉間に皺をよせた。
「だってすごい見てるから」
「ちょっと気になっただけだよ」
女性は後ろを何度か振り返り、左の角を折れて見えなくなった。
「ずいぶん年上じゃないか? お前のおふくろさんぐらいかな」
「そうかな?」
拓海が首を傾げる。
「三十は超えてるよ」
結城がうなづきながら言う。
「番号聞いて来てやろうか?」
「何言ってるんだ。違うよ。もうやめ」
拓海は足を早め、結城を追い越した。
「冗談が通じないな」
結城は笑いながら拓海の肩を叩いた。
再び隣に並んだ結城を、拓海はちらりと見上げる。
拓海よりも背が高く、足が長い。
結城の艶のある髪は、子供の頃からこの色だ。
陽があたると、深紅に見える時がある、黒。
「ねえ、いつ宿題やったの?」
拓海は話題を変えた。
「昨日の授業中」
「そうなの?いつのまに」
拓海は感嘆の声をあげる。
「だって時間の無駄だろう? 先生の話は、聞く必要がないから」
結城は当然というように答える。
「結城は要領がいいよな。頭がいいっていうよりも、要領がいい」
拓海が言った。
「何言ってるんだ。頭もいいよ。俺の宿題を写させてもらおうっていうのに、感謝が足りないよな」
「そんなことないよ。感謝してるさ」
「急ごうぜ。写すのだって時間がかかる」
結城が拓海をせき立てた。