アイスブルー(ヒカリのずっと前)
すぐ空になるグラスに、麦茶を注ぐ。
草むしりをした跡の庭には、土の香りが漂っている。
風が肌に心地よい。
「おいしかった。ごちそうさま」
母親が食器を片付けようとするが、
鈴音が「いいわよ」とその手を止めた。
「悪いわね。手間をかけさせちゃって」
「手間はほとんどかけてないよ」
鈴音はそう言って、食器を流しに持って行った。
縁側に移動する母親の気配がする。
そして何かを言った。
「え、何?」
流れる水音でよく聞き取れず、鈴音は大きな声で聞き返した。
「風鈴、って言ったの。夏になるとおばあちゃんが出してた」
「ああ、そうだったね。何か足りないと思ってたの」
鈴音は手を拭きながら台所から出て来て、母親の隣に座った。
「どこかにしまってあるかしら。探さなくちゃ」
「おばあちゃんのことだもの。どこかにあるわ」
母親が微笑んだ。
鈴が鳴る心地よい音を想像して、鈴音はしばらく目を閉じた。
「ねえ、鈴音」
「何?」
「あなた、これからどうするつもり?」
母親にそう問われて、鈴音は目を開けた。
「しばらく休憩」
「休憩するのもいいけれど、生活していかなくちゃいけないでしょう?」
「……そうね。」
「就職は?」
「ううん。もう病院勤めはしないと思う」
「せっかく資格を取ったのに、もったいないわね」
「でも楽しくなかったから」
「仕事って、楽しいだけじゃないでしょう?」
「そうね。でももう病院はやめる」
「そうなの。じゃあ、どうするの?」
「ここをカフェにして、ここでお仕事ができたらいいな」
「あなたその歳で、夢みたいなことを」
母親が少し呆れた様子で言った。
「いいでしょう?」
「何の経験もないのに」
「そうだけど。やりたいんだもの」
「そう……」
母親が黙った。
もう少し説教されると思ったのに、拍子抜けだ。