アイスブルー(ヒカリのずっと前)


「駅まで送ろうか?」
鈴音が言うと、母親は首を横に振った。

「道に迷うような距離でもないし、第一ここはわたしの実家よ」
母親が言う。

「でも」

「大丈夫よ。一人で散歩をしながら帰るわ。父さんが待ってる。ああ、それから」
玄関で靴を履きながら、母親が振り返った。

「正明さん、あなたと本気でやり直したいみたいよ」


鈴音の顔から笑みが消える。


「そんな風に言ってくれる人は、なかなかいないわよ。これもご縁なんだから、もう一度考えてみたら?」

「もう縁は切れたと思う」
鈴音はかたくなに言い張った。

「またもう。あなたも頑固なんだから。おばあちゃんにそっくり」
母親が軽く笑った。

「じゃあ、またね」
母親が軽く手を上げて、日差しの強い中に出て行った。


門のところで振り返り、
手を掲げ、
目を細め、
家を見上げる。


それから玄関の鈴音に視線を戻し、再び手を上げて家を出て行った。


母親の姿が消えると、鈴音は玄関の引き戸を閉めた。
とたんに静寂が戻ってくる。


母親が置いて行った位牌を手に取る。
そのまま祖母の部屋の仏壇に向かった。
扉を開け、位牌を置く。
仏壇に備え付けられている引き出しをいくつか開け、線香とマッチを見つけた。


灯をともす。


濃い緑の先端がオレンジに染まり、うっすらと煙が立ち上る。
線香の甘くて、苦い、香り。



祖母は毎朝、炊きたてのご飯をそなえ、そして線香をあげていた。
手を静かに合わせ、目を閉じ、しばらくの静寂に耳を澄ます。


「おばあちゃん、おかえり」
鈴音は手を膝に下ろすと、仏壇にそう言った。


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