アイスブルー(ヒカリのずっと前)
そこに「お待たせ」と鈴音がお盆をもって入って来た。
またちりりんと風鈴が鳴った。
鈴音がテーブルにコップとお皿、おしぼりをのせる。
「どうぞ」
「鈴音さんは?」
拓海はスプーンを手に取りながら訊ねた。
「わたしはもうさっき食べたの」
「じゃあ、いただきます」
結城が丁寧に手をあわせた。
鈴音は二人の側に座る。
拓海は一口食べて「甘い」と思わず言った。
「これ、甘い」
拓海は首を傾げてそれから口に手を当てた。
「いや、すごい辛い」
結城も「辛い」と水に手を伸ばした。
「何これ」
鈴音が笑みを浮かべている。
拓海はもう一口、口に入れた。
「甘いけど、辛い。でも……おいしい。」
「やった」
鈴音がちいさくガッツポーズをした。
「おいしいよ、コレ」
結城がびっくりしたように言った。
拓海はあっという間にカレーを食べきってしまった。
不思議な味だった。
でもまた食べたくなるような。
結城を見ると、結城ももう食べ終わるところだった。
「ごちそうさまでした」
拓海が鈴音を見て言った。
「お粗末様でした」
鈴音がうれしそうに答える。
「これ、どうなってるんですか?」
拓海が訊ねる。
「かぼちゃと、はちみつ入り。でもスパイシーに仕上げたの」
「へえ。こんな味になるんですね」
結城が言った。
「お水のおかわり、どうぞ」
鈴音がグラスを満たす。
二人はそのグラスを勢い良く明けた。
「お料理するのが、好きなんですか?」
拓海が訊ねる。
鈴音はこくん、と頷いた。
「近いうちに、ここをカフェレストランにしたいと思ってるの」
「そうなんだ」
拓海はうなずいた。
「これだけおいしかったら、繁盛しますよ」
「繁盛。なかなか古風な言葉を使うのね」
鈴音がくすっと笑った。
その顔をみて、なぜか拓海はうれしくなった。
「いつごろオープン予定ですか?」
結城が訊ねた。
鈴音はそこで溜息をついた。
「わかんないな。できれば九月ぐらいに。わたししかいないから、本当にマイペースにやろうと思って」
「あの、手伝いに来てもいいですか?」
拓海は言ってから、自分の発言にびっくりした。
「え?」
鈴音が目を見開く。
見ると、結城も驚いたような顔をしていた。
拓海は慌てた。
「あ、あの。僕、夏の間暇で。な?」
結城に助けを求めるように問いかける。
「そう、ですね」
結城が期待に応えるように言った。
「僕が夏の間中、講習に行くので。一緒に遊べないんです」
「去年は結城と、あ、須賀結城っていうんですけど」
拓海はしどろもどろになりながら、鈴音に結城を紹介した。
「去年は一緒にバイトをしたりしてたんですけど、今年は結城が夏期講習に行くので僕は暇で、どうしようかと思ってたんです」
「拓海くんは受験しないの?」
「僕は、あんまり頭よくないんで」
「本当によくないです」
結城がにやっと笑って言い添えた。
「なんだよ!」
拓海が結城をにらむ。
「あの、ね」鈴音が言った。
「バイトを雇ったりする余裕はないのよ、申し訳ないんだけど」
「バイト代はいらないです。」
拓海が言った。
「試食させてもらえれば」
「なんだ、試食目当てか」
結城がぼそっと言った。
「いいだろ」
「試食……」
鈴音が吹き出した。
「確かにメニューを決めるのに、誰かに食べてもらわなくちゃって思ってたから、ありがたいかな」
「じゃあ、いいんですか?」
「助けはうれしいわ」
鈴音が言った。
「ありがとうございます。がんばります」
拓海は頭を下げた。
「試食をがんばるの?」
結城がまたぼそっと言った。
「いちいち、うるさいな」
拓海は結城をにらんだが、自然と笑みがこぼれる。
「明日来ます」
拓海が言った。
「別にいつでもいいわよ」
鈴音が笑顔で答えた。
二人は立ち上がり、縁側から庭に降りる。
またちりんと風鈴が鳴った。
蝉が鳴いてる。
「夏休みだ」
拓海はうれしくて思わずそうつぶやいた。