アイスブルー(ヒカリのずっと前)
「さて、と」
鈴音が台所から出て来た。
拓海の脇に座る。
「どう?」
「ああ、はい」
拓海がページをめくって、チャートのように書かれているスケジュールを見せた。
「とりあえず、計画を立てましょう」
拓海は言った。
「うん」
鈴音が頷く。
「コンセプトを決めること。食品衛生責任者資格をとること。内装工事。食材の仕入れ先を決めて、それからメニューを決めて、最後に保健所に申請」
「うわ、大変そう」
鈴音がげんなりした顔をする。
「コンセプトは決まってますよね」
「うん」
「お客さんが入れるように、インテリアを整えた方がいいと思います」
「そうだね」
「座卓と、座布団?」
「座布団、ある」
鈴音が奥の押し入れから古い座布団をひっぱり出して来た。
「カバーを変えた方がよくないですか?」
「じゃあ、縫おう」
「得意?」
「うん」
「じゃあ、そうしてください。それから座卓は買わなくちゃですよね?」
「うん」
「安い中古家具のお店を、今度回りましょう。食器は?」
「祖母が食器を集めるのが趣味だったから、使ってないものがたくさんあるの」
鈴音は立ち上がってみせようとするが、
拓海は「今は大丈夫です」と鈴音に座るよう手で合図した。
「このあたりはどんな人が住んでるんですか?」
「お年寄りと、あとはこの前の道をずっと歩いて行くと、比較的新しい住宅街ができてて、夫婦が住んでるかな」
「じゃあ、子供も多い?」
「どうかな?」
「今度、この付近を散策して、どんなお客さんが来てくれそうか調べてみましょう」
「わかった」
「で、鈴音さんは食品衛生責任者の資格を取ること」
「学校行かなくちゃだめ?」
「いや、割と簡単にとれるそうですよ」
「よかった。どこで?」
「食品衛生協会ってとこ」
「どこだ、それ?」
「ネットで検索すれば、すぐわかりますけど……コンピュータを買う予定は?」
「ない」
「便利なのに」
「便利なものはいらないの」
鈴音は頑固にいい張った。
「わかりました。じゃあ、とりあえず保健所とかで聞いてみます?」
「うん」
「カレンダーにスケジュールを書きましょう」
鈴音は頷くと、台所からカレンダーを持って来た。
「今は七月。いつごろ開業したいです?」
「秋かな」
鈴音が肘をついて、カレンダーをめくる。
「じゃあ、十月前を目標に。僕が手伝いに来られるのは八月いっぱいなので、なるべく力仕事は夏に終わらせましょう」
「わかった」
鈴音はそう言うと、拓海の顔をまじまじと見る。
拓海はあんまり見られるので、少し恥ずかしくなった。
「しっかりしてるんだね。仕切り屋なんだ」
「だって、鈴音さんのんびりしてるから」
「意外。そんなに、なんていうか」
鈴音が言いにくそうに口ごもる。
「何です?」
「若いのに」
「ああ、幼いってことですか? 中学生みたいだし」
「うん、まあ。そうね」
「鈴音さんは大人なのに」
拓海はそう言ってから、口をへの字にまげた。
「頼りない?」
鈴音が笑って訊ねる。
「まあ、そうですね」
「だから、本当に、拓海くんが来てくれて助かったよ」
鈴音はそう言った。
そう言われると、拓海は無性にうれしくなった。
「水ようかんあるよ。食べる?」
「食べます!」
「じゃあ、おやつタイム」
鈴音はそう言うと立ち上がり伸びをした。