アイスブルー(ヒカリのずっと前)
窓から下を見下ろすと、二人で座っていたコンクリートの階段が見えた。
太陽が容赦なく降り注ぐ。
結城のいない夏は初めてだ。
蝉がうるさい。
蝉に慌てていた鈴音を思い出す。
拓海は思わず笑顔になった。
「誕生日おめでとう」
起きて来た母親が、拓海の側に座った。
Tシャツに薄手のジャージという姿の母親は、久しぶりに穏やかな表情を見せている。
「ありがとう」
拓海が言った。
「母さん、今日ね、お休みもらえたの。拓海の予定がなければ、久しぶりに晩ご飯を一緒に食べよう」
「そうなんだ」
拓海はちらりと鈴音を思う。
「予定あるなら、そちらを優先して」
「ううん、大丈夫」
拓海は首を振った。
「何が食べたい?」
「餃子」
「いつも通りね」
母親が微笑む。
「結城くんも呼ぶ?」
「いや、結城は多分駄目だと思う。予備校行ってるんだ」
「そうか」
母親は立ち上がって、冷蔵庫の中をのぞいた。
「じゃあ、作ったのを後で持って行けば?」
「うん、そうする」
拓海は頷いた。
「材料を買いに行かなくちゃ」
母親が空っぽの冷蔵庫を見てつぶやく。
「一緒に行こうか。」
「いいの? 恥ずかしいんじゃない? 母親となんか」
「恥ずかしくないよ」
拓海は笑って答えた。
「じゃあ、後で行こうね」
母親はそう言って、台所の横の小さな洗面所に入って行く。
シャワーを使う音が聞こえる。
拓海は携帯を取り出し、鈴音の家に電話をかけた。
呼び出しの音が五回。
「はい、もしもし」
鈴音の声が聞こえた。
「もしもし、拓海です」
「ああ、拓海くん。早いね、おはよう」
「あの、すいません。今日はちょっと伺えなくなっちゃって」
「そう。いいわよ、もちろん。今日は食品衛生管理者の資料、もらってくる」
「そうですね。気をつけて行ってください」
「ありがとう。あと、何かやっておくことあるかしら」
「ここ何日かで立てたスケジュール通りでいいと思いますよ」
「わかった。ああ、拓海くんがいないと、どうしたらいいか、わかんないな」
鈴音が電話の向こうで軽く溜息をつく。
「すいません」
「ごめんごめん。あやまらないで。わたしがやらなくちゃいけないことなのに、ね。頼っちゃって。はは」
「明日、伺います」
「はい。じゃあね」
「はい。また」
拓海は鈴音が電話を切るのをまって、通話を切った。
拓海は続けて、結城にメールを送る。
「今日、予備校? 何時にかえる?」
母親のシャワーの音がやんだ。
拓海は冷蔵庫から冷たい麦茶を出して、二つのコップについだ。
携帯が鳴って、結城から「八時」と短く返事が帰って来た。
「今日、餃子もってく」
「サンキュー」
短くメールのやり取りをして、拓海はジャージのポケットに携帯をしまった。
濡れた髪をタオルでふきながら、母親が風呂場から出て来た。
「母さん、お茶」
拓海はテーブルの上のコップを指でさした。
「ありがとう」
母親が麦茶をいっきに飲み干すと「ああ、いい気分」と笑顔をみせた。
「今日、アイス買ってもいい?」
拓海がコップを手に聞いた。
「いいわよ、もちろん」
母親がそう答えると、朝ご飯の支度をしに台所に立った。