アイスブルー(ヒカリのずっと前)
家に帰り、早速餃子を作り出す。
一番暑い時間は過ぎ、部屋の中は少し過ごしやすい。
母親は扇風機をテーブルの横に持って来て、風があたる前の席に拓海を座らせた。
「包んで」
ボールいっぱいのタネに、たくさんの皮。
「これ、どんくらい時間かかるかな?」
「一時間ぐらいじゃない?」
「げ」
拓海が舌を出した。
「やらないと、食べられないのよ」
母親はてきぱきと餃子を包みだす。
「ぼく、誕生日なのに」
「あ、そうだった」
母親は今気づいたというように眉を上げて、それから笑った。
拓海は母親の表情にくすっと笑って、餃子を包み始めた。
「ねえ、拓海」
「何?」
「あなた進学したくない?」
母親が突然口にだした。
「え?」
拓海は思わず顔をあげた。
「進学」
母親は餃子を包みながら言った。
「僕、頭悪いから」
拓海がそう言うと、
母親は「大学じゃなくて、専門学校とか」と続けた。
「専門?」
拓海は餃子を包み続ける母親の顔を見た。
「そう。母さんはずっと思ってたの。あなたに我慢させてるって」
「我慢なんかしてないよ」
拓海がそう言うと、母親は顔をあげた。
「父親はいない。母さんはいつも忙しくしてて、母親らしいことをしてあげられなかった」
「そんなことないよ」
「結城くんがいてくれて、本当によかった。結城くんがいなかったら、あなたはとても寂しい思いをしたと思うわ」
「……でも、我慢はしてないよ」
拓海は強く主張した。
母親はそんな拓海の顔をみると、微笑んだ。
「ありがとう」
「僕、これ以上勉強することなんかないよ」
拓海は再び餃子を包み始めた。
「あなた、カメラを手放さないわよね。本当は、勉強したいって思ってるんじゃないかな、って思って」
母親が言った。
「え?」
拓海は再び驚いて顔をあげる。
「カメラよ。古いカメラを持ち歩いてるでしょう? 外に出ると写真をいっぱいとってる」
「そうだけど……ただの趣味だよ」
拓海は光を見るために持ち歩いてるとは言えなかった。
「人間は好きなことをしたほうがいいのよ。我慢する必要はない」
「でも」
「あなたが本当は勉強したいって思うなら、お金の心配はしないで」
母親が言った。
「だって」
「母さんは、あなたの為にできることは、精一杯やってあげたい。あなたがいなかったら、母さんはとっくに挫折して、死んでたかもしれないんだから」
「そんな大げさな」
「本当よ。あなたを十代で妊娠したとき、周りは無責任だって非難した。怖くて悲しかったけど、あなたを腕に抱いたとき、自分は母親だって思ったとき、とっても強くなれた気がしたの。あなたに助けられた。だから」
母親が顔をあげて、拓海の顔を見る。
「あなたの望みをかなえて。それがわたしの願い」
「母さん」
拓海はなんと言ったらいいかわからず口ごもった。
「ちょっと考えてみて。やっぱり働きたいって思うなら、それでもかまわないし、ね」
母親はそう言うと
「やっぱり時間かかるわね」と溜息をついて、
それから笑った。
扇風機の風が、拓海をとおって、母親に流れる。
窓の外は陽がおち始めて、空気がオレンジ色に染まりだしていた。