アイスブルー(ヒカリのずっと前)
コップの跡の水滴を指でなぞりながら、拓海は再び進学のことを考えた。
「あのさ」
拓海が言う。
「何?」
結城が餃子の最後の一つを口に入れた。
「母さんが進学しろっていうんだ」
「大学?」
結城はご飯を口にいれてから、食器を重ねた。
「違う。専門」
「何の専門?」
「カメラ」
「ああ」
結城がなるほど、というように頷いた。
「好きだろ?」
「嫌いじゃない」
拓海は言った。
「じゃ、やれば?」
結城が流しに食器を入れて、水を流す。
「なんだよ、もう。相談にならないよ」
拓海がジュースを飲み干した。
「おかわり?」
結城が訊ねた。
「いらない」拓海が答える。
「相談にのってよ」
「だって、自分で決めることだろ?」
「お前だって、聞いてきたじゃないか」
「そうだっけ?」
結城はコップに自分の分のジュースを継ぎ足し、拓海の前にあぐらをかいて座った。
「頭いいくせに、忘れるなんて」
拓海は頬を膨らませた。
結城はコップに口をつけて、そんな拓海を笑いながら見てる。
「聞くんじゃなかった」
「専門、行きたくないの?」
結城が訊ねた。
「わかんない」
「じゃあ、他にやりたいことがあるとか」
「それもわかんない」
「今すぐ決めなくちゃいけないことじゃないだろう? 保留したら?」
「じゃ、保留」
拓海はこくんと頷いた。
結城はそれを見て笑い出した。
「笑うなよ。俺は真剣! 真剣に保留にしたの」
「だって」
結城が身をよじって笑ってる。
「だいたい、人が誰かに相談を持ちかけるとき、答えは自分でわかってるもんなんだよ」
結城が笑いながら言った。
「そう?」
拓海が首を傾げる。
「そう、お前は今決められないっていう答えを持ってたんだ。だから保留って言われてホッとしたんだよ」
「いつかはどちらかに決めなくちゃ、なんだよね」
「そうだよ」
結城が涙のたまった目尻を指でぬぐう。
「ゆっくり決めればいいよ」
「うん」
拓海はほっとして、頷いた。
「デザート食べる?」
結城が訊ねた。
「デザート? うん、食べる」
拓海は言った。
「プリン買ったんだ」
結城は身体をのばして、冷蔵庫を開ける。
中に、コンビニで売っている、クリームたっぷりのプリンが二つはいっていた。
「ほい」
結城がテーブルに並べた。
「豪華なプリンだな」
拓海はプラスチックのスプーンを口にくわえて、思わず笑みがこぼれる。
「だって、誕生日でしょ?」
結城が言う。
「おめでとう」
「あ、覚えてたんだ」
「毎年一緒だから、覚えちゃったよ」
「いつも一緒だっけ?」
「そうだよ、いつも俺が一緒。拓海に彼女がいないから?」
「去年はちょっといた」
「でも誕生日は俺といたよね」
「あれ、なんでだろう……なんか、つまんない人生だな」
「俺じゃ不服なの?」
「最終的には不服。一生、結城としか誕生日を祝えないなんてさ」
「いつか、一緒に過ごしてもいいっていう、珍しい女性があらわれるよ」
「そうかな」
拓海は首を傾げる。
「そうだよ。食べよう。糖分は頭を目覚めさせるんだ」
「これから勉強するの?」
「当たり前です。僕は受験生」
結城が背筋を伸ばした。
「俺はこれから寝るんだ」
「はい、寝て下さい。そうすれば少しは身長が伸びるかも。」
「なんだと!」
拓海は口を尖らせたが、すぐに笑いがこみ上げる。
結城と過ごすいつもと変わらない誕生日だったとしても、悪くはないなと思った。