アイスブルー(ヒカリのずっと前)
鈴音は目をそらして、通り過ぎた。
拓海に後ろから見られている気がした。
振り返る。
拓海がまた不思議な表情をしている。
どういうことなんだろう。
鈴音は立ちどまって、拓海が追いつくのを待った。
「この住宅街の端っこに、幼稚園があったの。当時新しかったけど」
鈴音はそう言いながら、拓海を案内した。
幼稚園の壁が見えて来た。
子供の声もかすかに聞こえる。
近づくと、青く塗られた門の前に、自転車がたくさん止められていた。
門から中をのぞくと、プールがあって、そこで子供たちが水遊びをしている。
周りに母親らしき人たちが、ビデオやカメラを片手に談笑していた。
「プール参観かな?」
鈴音が首を傾げる。
「そうかもしれませんね。気持ち良さそう」
拓海が答えた。
鈴音は拓海の顔を見た。
もう、もとの拓海に戻っていた。
何を見てたんだろう。
「幼稚園も楽しそうですね。僕は母親が働いていたから、保育園でした。あまり母親と一緒に遊んだ記憶はないですね」
「そうなの」
鈴音は言った。
「誕生日も何日か遅れで祝ってもらってたな」
拓海が懐かしそうに目を細める。
「昨日は本当に久しぶりに一緒でした」
「おかあさんと?」
「そう、僕誕生日だったんで」
「そうなの?」
鈴音は驚いて声をあげた。
「はい。十八になりました。母が久しぶりに休みをとったっていうんで。一緒にいました」
「なんだ。聞いておけば、何か用意したのに」
鈴音は知らなかったことを残念に思った。
「いいですよ、そんな」
拓海が笑った。
「じゃあ、プリンかなんかこれから作ろっか」
「昨日、たべました」
拓海が笑う。
「結城が買って来てくれて」
「じゃあ、わたし何にもできないないじゃない」
「だから、いいですって」
拓海が言った。
そう言われると、なんだか寂しくなってきて、鈴音はそんな自分に当惑した。
まだ出会ったばかりの、不思議な少年。
どうして今、自分の隣にいるのだろう。
鈴音は汗をかいているのに、どこか涼しげなその横顔を見てそう思った。
「こんなにあついのに、なんでそんなに涼しそうなの?」
鈴音は思わずそう言ってから、はっと気がついた。
「あ!」
やったと言わんばかりの満面の笑みで、拓海が鈴音の顔を見る。
「ええー。今のなし」
「なんで今のなし?」
「だって……」
鈴音は口を尖らした。
「じゃあ、恥ずかしい話、してください」
「ないよ」
「じゃあ、変な顔」
「やだ」
鈴音はぷいっと横をむいた。
「ずるいよ」
拓海は口惜しそうに口をへの字にまげた。
鈴音は取り繕うようにあいまいに笑う。
すると拓海は鈴音の手を取り、
「しっぺ」と言ってピシリと叩いた。
「イタ!」
「強めにしました。ずるいんだもん」
拓海はそう言って笑顔を見せた。