アイスブルー(ヒカリのずっと前)
何かをしゃべりかけられて、思わず拓海は「え?」と声をあげた。
母親が身支度を終えて、テーブルについている。
「どうしたの? 考え事?」
母親が笑いながら言った。
「ああ、なんでもないよ」
拓海は反射的にそう答えた。
「このケーキ、誰が焼いたの?」
母親がテーブルの上に切り分けられたパウンドケーキを見て、そう言った。
「もらったんだ。今ちょっとお世話になってる人に」
「へえ。上手ねえ」
母親はフォークでケーキを切りながら言った。
「母さんはこんなの作ったことないわ」
二人は朝食代わりのケーキを口に入れた。
「バイト先の人?」
母親がミルクの入ったマグカップを手にとりながら訊ねた。
「うん、そんな感じ」
拓海が頷く。
「なんのバイトしてるの? 結城くんも一緒?」
「結城は夏期講習だから。僕一人」
「そうだったね」
母親はちょっと寂しそうに頷いた。
「カフェのオープンを手伝ってるんだ」
拓海は言った。
「へえ。だからケーキを焼くのも上手なのね」
母親は最後の一口を飲み込むと、お皿をもって立ち上がった。
「今日も暑くなりそうね」
「うん」
拓海も食べ終わり、母親に並んでシンクの前に立った。
「いいよ。洗っとくから」拓海がそう言うと、
母親は「ありがとう」と答える。
「じゃあ、洗濯物……」
「大丈夫、やっとくから」
拓海が母親を引き止めた。
「そう? 悪いわね」
母親はそう言うと、もう十年ぐらい使っている大きな鞄を持って、玄関で靴を履く。
「いってらっしゃい」
拓海は濡れた手をタオルでふいて、玄関で手をあげた。
「いってきます。戸締まりはしっかりね」
「うん」
拓海は頷いた。