アイスブルー(ヒカリのずっと前)


母親が出かけたあと、拓海は音楽をかけながら家事を片付けた。


九時半前。


「そろそろ出かけよう」
拓海はそう言うと立ち上がった。


日差しの中に出ると、思わず溜息が出る。
道の途中の自販機でイオン飲料を買って、半分ほど一気に飲む。
水分を補給すると、あっという間に汗になって出て来た。


「あついなあ」
拓海は帽子を深くかぶりなおして、歩を早めた。



蝉が鳴いている。
八月の始まり。

青い空にペットボトルを掲げる。
太陽が青いラベルを通して、青く光る。


「こんな色。もうちょっと白いかな」
拓海は言った。


駅のホームでふと横を見ると、ホームの先端に結城が立っているのが見えた。
強い日差しが、結城の前髪にあたっている。


隣には結城の彼女がいた。

ナツキはスラリと足が長く、茶色い髪はゆるくウェーブしている。
彼女が何やら結城に話しかけ、結城は頷いて彼女の肩に手を回す。
結城の顔は影になっているので、どんな表情かはわからないけれど、ちらりと見えた唇は笑っているように見えた。


拓海の前だと、結城はナツキにとても冷たい。
本当につきあっているのかわからないと思うほど、邪険に扱っていた。
でもこうやって遠くから見ると、美男美女のお似合いのカップルに見えた。


ナツキもA四サイズの入る鞄を肩からかけている。
もしかしたら一緒に予備校に通っているのかもしれない。


拓海の誕生日はいつも結城が一緒だが、ナツキと付き合いだしてから、結城の誕生日を拓海が一緒に過ごすことはなかった。


ナツキの色は、オレンジ。
オレンジよりももっと紅に近いかもしれない。


以前結城がナツキを紹介したとき、一緒に写真を撮った。
彼女の若さと美しさをそのまま写したような、そんなきれいな光の帯が見えた。


拓海は話しかけず、むしろ電車を待っている他の客の後ろに隠れるように後ろに下がる。
なんだか話しかけづらかった。




電車がホームに入ってくる。
熱い空気が舞い上がる。
拓海は帽子を押さえた。


扉が開くと、ふわっと冷たい空気がホームにもれてくる。
拓海は思わず笑顔になる。


再び結城たちを見ると、電車に乗り込むところだった。
視線に気づいてか、結城が目を上げて拓海を見た。



その瞬間、拓海はまた結城の夢をみた。



黒いフードが結城の顔を隠す。
顔を上げると、目を赤くした結城の顔。
まつげが濡れている。
唇が動いた。

なんて言ってるかわからない。



乗客の一人に少し押されて、拓海は我に返った。


ホームに発車を知らせる音が流れている。
二人はもう電車に乗ったようだった。


拓海はしばらく動けず、結局その電車に乗らなかった。
電車が動きだし、再び熱い空気が舞い上がる。


拓海は帽子を取り、頭を振った。


「これって結構しんどいかも」
拓海はそうつぶやいて、うつむいた。


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