アイスブルー(ヒカリのずっと前)
鈴音はダイニングのテーブルに、二人分の夕食を並べる。
自分一人のつもりだったから、焼き魚におひたし、豆腐のみそ汁という質素なメニュー。


「ごめん、魚が一尾しかないの」
鈴音がお皿を並べながら拓海に言った。

「大丈夫です。半分こで」
拓海が言う。

「ごはんたくさんあるから、おかわりしてね」

「はい」


まだ雨はやむ気配がない。
部屋の中の湿気は高い。
温度もまだ高く、不快感が増した。
テーブルの上の蛍光灯がちかちかと点滅する。


「なかなかやまないね。」
鈴音は茶碗を手につぶやいた。

「終電までには止むんじゃないですか?」

「だといいけど。拓海くんのお家は、浸水したりするような地域じゃない?」

「多分大丈夫。ここは?」

「高台だから、お水はこないと思う。心配なのは土砂崩れかな。でも今までそんなことなかったし」

「じゃあ、平気ですよね、きっと。ああ、でも……」
拓海があっと思いついたような顔をした。

「どうしたの?」

「電車が危ないかも。大雨が降るとすぐとまっちゃう」

「そういえばそうだったね」
鈴音も思い出したように言った。
「ねえ、携帯で調べて」


拓海はズボンのポケットから携帯を取り出して、交通情報をチェックした。


「ああ、やっぱり」
拓海が顔をしかめた。

「とまってる?」

「うん。線路が浸水だって」

「わたしが高校生のころも、よく止まってたんだけど。ぜんぜん改善されてないね。どう? 復旧しそう?」

「駄目っぽい」

「ええ? 嘘、どうしよう」
鈴音は声をあげた。

「歩いて帰りましょうか。多分二時間くらい歩けば帰れる」

「そんな。こんな雨だし……」
鈴音は眉をひそめた。

「でも、それしかない」
拓海が溜息をついた。

「じゃあ、わかった。泊まっていったらいいよ」
鈴音は覚悟を決めて、そう言った。


拓海がびっくりしたように目を開いた。
「駄目ですって」


「なんで?」
鈴音は動揺しているのを隠すように、とぼけたような声を出した。

「だって……」
拓海は口ごもる。

「わたしは拓海くんの母親と同い年よ。気にしない」

「ええ?」
拓海は困ったような顔をした。

「布団を並べるとは言ってない。二階にお布団しいて、寝たらいい。余分のお布団あるから」

「ええ?」
拓海はさらに難しそうな顔をした。

「お母さんに電話して、許可をもらって。そしたら泊まって。朝ご飯つき」
鈴音は安心させるように笑顔で言った。

「じゃあ」拓海はおそるおそると言った感じの小さな声で
「お言葉に甘えます」と答えた。

「はい」
鈴音は頷いた。


それから拓海は少し気まずそうに
「あの……変なことはしません」と言った。


それを聞いて、鈴音は思わず吹き出した。


「ちょっと鈴音さん、笑わないで」
拓海が顔を真っ赤にして抗議する。

「だって」
鈴音は身をよじって笑った。
「あまりにも言い方が可愛くて……。」

「礼儀ですよ! 女性の家に泊まるんですよ。それはやっぱり」
拓海が身を乗り出して言った。

「そうね、そうね」
鈴音は拓海のその幼い顔から、一人前の男性のようなセリフが出てくることが、愛らしくて仕方なかった。


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