アイスブルー(ヒカリのずっと前)
二階について、蛍光灯をつける。
二階は八畳と十畳の部屋が二つ続いている。
砂壁は電灯を反射して、キラキラと光る。
畳は茶色く変色しているが、きれいに掃除してあった。
床の間に小さなテレビ。
鈴音と母がここに暮らしていたころの名残だ。
「あ、テレビがある」
拓海がうれしそうに声をあげた。
「ごめん、コレ、壊れてるの」
鈴音はすまなそうに言った。
「じゃあ、見られない?」
「うん」
「ここのうち、テレビないの?」
「ラジオはある」
「不便じゃないですか?」
「不便」
鈴音は布団をしきながら、そう答えた。
「じゃあ、なんでテレビ買わないんです?」
「だっていらないもん。ああ、でも」
「?」
「災害時は必要だなって思う」
鈴音はシーツをのばして、布団の下におりこんだ。
「なんか、湿って気持ち悪いな」
「布団が?」
拓海が布団枕をカバーに入れながら訊ねた。
「うん。ああ、そうだ。布団乾燥機があった。はず」
鈴音は押し入れをあけ、中から古い段ボールに入った布団乾燥機を引っ張りだした。
「すごい古い」
拓海が言う。
「でしょ。わたしが昔使ってた」
「よくありましたね」
「祖母はなんでもとっておく人だったの」
鈴音は敷き布団の上に、黄色い乾燥機の袋をのばしておき、上から薄い布団をかけた。
スイッチを入れると、ぼああーとすごい音を立てて動き出した。
「わ、膨らんだ」
拓海が驚いて声をあげる。
「使ったことないの?」
「見たこともない。わあ」
拓海は膨らんだ布団の上に、ごろりと横になった。
「ねえ、そんなことしたら布団が乾かないよ」
鈴音が言った。
拓海が起き上がると、再び布団がふわりと膨らむ。
「おもしろいな」
拓海が感心したようにつぶやいた。
鈴音は段ボールをしまおうと、押し入れをのぞいて、その奥側にあるアルバムに気づいた。
「あ、懐かしい」
鈴音は思わず引っ張りだした。
「なんです?」
布団に再び寝転んでいた拓海が、身体を起こして訊ねた。
「アルバム。ここにいた頃の」
鈴音は白地の表紙の埃を手で払い、ページをめくった。
高校入学頃の写真。
真新しいセーラー服を来て、控えめに笑う鈴音が真ん中。
右側に祖母。左側に母。
二人とも笑顔を見せている。
校門から続く桜並木の前。
自分の身には、不幸なことなど絶対に起こらないと、信じて疑わなかった頃。
「見せてください」
拓海が横から首をのばしてのぞいた。
「ずいぶん昔の写真だわ。アナログ写真だからぼんやりしてる」
鈴音がそう言いながら顔をあげると、拓海の顔をがすぐそこにあった。
まつげの一本一本が見えるぐらい近く。
その拓海の顔が写真を見て、固まっていた。
瞬きもしない。
ただ写真を凝視していた。
「どうしたの?」
鈴音は思わず問いかけた。
「え?」
拓海ははっとして、顔をあげた。
そして鈴音との顔の近さに気づいて、慌てて身を引いた。
鈴音はそんな拓海の様子を見て、なんとなく不安を感じた。
「どうしたの?」
鈴音はもう一度拓海に問いかけた。
けれど拓海は無言で首を振るだけだ。
雨戸の外からは、依然として激しい雨の音が聞こえていた。