アイスブルー(ヒカリのずっと前)
しばらく星を眺めた。
夜には、夜の虫がなく。
湿って冷たい空気に、土と緑の香りがただよう。
月明かりで、いつもの庭は別世界だった。
拓海は鈴音を見る。
怖いと思う反面、何か見えないだろうか、とも期待して。
視線に気づいて、鈴音が拓海を見た。
青白い彼女の光が、胸元で揺らめき、彼女も別世界の住人のようだ。
「何か見てるの?」
鈴音が訊ねた。
「……光を」
拓海が答えた。
「それだけ?」
「今はそれだけ」
拓海は答えた。
鈴音は前を向き、手を胸にあてる。
「青いんだよね、光」
「うん」
拓海は頷いた。
「青っていうの、わかる気がする」
鈴音が小さな声で言った。
「?」
拓海は意味が分からず、首を傾げた。
「わたしは暖かな色を持ってないから」
「鈴音さんは優しい人ですよ」
拓海は言った。
「そういうことじゃないんだ」
鈴音はそう言うとまた黙る。
拓海は静かに鈴音を見守った。
一瞬、鈴音が泣いているのかと思ったが、彼女の目には涙はない。
「痛みの色」
「え?」
拓海は聞き返した。
「この色は痛みの色。この家を出たときから、ずっとこの色」
鈴音はちらっと拓海を見る。
「なんでこの家に戻って来たんですか?」
「……なんでだろう。そうだね、なんでだろう。この場所はいい思い出ばかりでもないのに」
鈴音は庭に再び目を向ける。
拓海は鈴音の横顔を見つめた。
髪に隠れた頬に、月明かりが光る。
「あのとき、祖母だけが、帰っておいでって言ってくれたからかな。いつでも帰っておいですずちゃん。ここはすずちゃんの家だよって」
そのとき拓海の脳裏に、鈴音の祖母が現れ、微笑み、そして消えて行った。