アイスブルー(ヒカリのずっと前)
拓海は頭をふって気持ちを切り替えると、再び結城のノートを書き写し始める。
それが終わると、拓海はノートを手に、寝ている結城の席まで歩いた。
教室は学生が増え、ざわついている。
そろそろホームルームが始まるころだ。
「結城、起きて」
拓海は結城の細い肩を軽くたたいた。
すると、ふと、首筋に何か描かれていることに気づいた。
長めの襟足のせいで、今まで気づかなかったのだ。
「結城、これ何?」
拓海は首にかかる髪を分け、ちゃんと見ようとした。
そこでむくっと結城が起きる。
首に手をあてる。
おでこには、つっぷしていたときにできた赤い腕の跡がついていた。
「あ? 終わった?」
「うん。ねえ、それ何?」
拓海は結城の首をさす。
「……彫ったんだ」
結城がなんでもないという顔で答えた。
「タトゥー? シールじゃないの?」
「違うよ。彫ったんだ」
「ええ? いつのまに?」
拓海は机にノートをおいて、結城の首を覗き込もうとした。
「見るもんじゃないよ」
結城は身体をひねって、拓海の視線から逃げようとする。
「なんで見せてくれないのさ。いいじゃないか」
結城はそれもそうだ、というような顔をして
「たいしたもんじゃないよ」
と首にあてていた手を外した。
拓海が結城の髪を指で分けて、タトゥーを見つめる。
小さな葉のかたち。
「どうして彫ったの?」
拓海が訊ねた。
「気が向いたから」
「だって痛いだろう?」
「そうでもないよ」
「先生に見つかるんじゃないか?」
「かもしれない。でも、俺は先生には覚えがいいから」
「嫌みだな」
拓海は軽くわらった。
「本当のことだから」
「未成年でも彫ってんもらえるんだね」
「親の同意書があれば」
「おばさん、同意したんだ。へえ」
「いや、してないけど。それはいろいろ方法があるからさ」
「うわ、不正の匂いがする」
結城が笑う。
「不正って」
「なあ、今日、拓海んちで夕飯食べてもいい?」
結城がノートを机にしまいながら言う。
「いいよ。もちろん。何食べる?」
「お好み焼きとか」
「肉入れる?」
「もちろん」
「じゃあ、買い物してかなきゃ。肉ないんだ」
拓巳が言った。
「いいよ、買って行こう」
結城は答えたが、
「あ」と言って、ズボンのポケットから携帯を取り出した。
結城がメールを読む。
きれいな顔がうんざりだというようにゆがんだ。
「どうした?」
拓海が訊ねる。
「ナツキだ」
「恋人だろ?なんでそんな嫌そうな顔をするんだよ」
「……女ってさあ、どうして男の全部の時間を欲しがるんだろうな」
「一緒にいたいっていうメールなの?」
「二日ほど、連絡しなかったんだ。電話に出なかった。そしたらもう、ヒステリックになってる」
「ナツキちゃん、心配なんだろう? お前、その顔だし、ナツキちゃんに冷たいし」
「俺は好きでこの顔なわけじゃないや。心配だったら、他の顔の奴にすればいいじゃないか」
「怒るなよ」
結城は口を尖らせて携帯を手の中で遊ばせていたが
「悪い、今日はこっちを片付ける」
と言った。
「いいよ。もちろん、ナツキちゃんを優先させなよ」
「今度、お好み焼き食べよう」
「同じ団地に住んでるんだから、いつでも会えるし」
「拓巳とはクラスも一緒だしな。俺、ちょっと話したいことがあったんだ」
「じゃあ、次のときに聞くよ」
拓海が笑顔を見せる。
そこで、始業のチャイムがなった。
生徒達が軽い溜息をつきながら、各自の席に戻って行く。
「ノートありがとう」
拓海は軽く手をあげて、自分の席に帰った。