アイスブルー(ヒカリのずっと前)
鈴音の家につくと、すでに工事の車が入っていた。
縁側から家にあがる。
鈴音が台所の引き戸の前で、不安そうに立っていた。
「おはようございます」
拓海は鈴音に明るく声をかけた。
鈴音が振り向き、笑顔を見せる。
髪を一つに結んでいる。
化粧はしていない。
肌はつるつるしていて、頬がピンク色になっている。
白いシャツの前あたりで手を組み、まるで祈っているかのようだ。
「はじまりますね」
拓海は鈴音の側にいった。
「うん」
鈴音が小さく頷く。
「すいませーん。じゃあ、今から始めますから」台
所から工事の人の声がした。
拓海はちらりと台所をのぞく。
頭にタオルを巻いた二人の男性が、作業を始めようとしていた。
「向こういきましょう」
拓海は鈴音にそう声をかけて促した。
「うん」
鈴音は再び小さく頷くと、引き戸の側を離れた。
二人で縁側の板張りに座る。
風鈴が透明な音を響かせる。
上を見上げると、真っ白な雲がゆっくりと動いていた。
「必要なこととはいえ、不安」
鈴音が眉間に皺を寄せて言った。
「大丈夫ですよ」
「わかってるんだけど。頭と心は別なの」
鈴音は胸に手をあてて、深呼吸した。
「大切な場所だから」
鈴音は溜息をつく。
「ここをカフェにするには、自宅の台所とシンクを別にしなくちゃいけないなんて」
「増設だから、そんなに変わらないですよ」
「おばあちゃん、怒らないかしら?」
「そんなことで、怒ったりする人じゃないと思いますよ」そう拓海が言うと、
「知ってるの?」と鈴音が笑みを浮かべる。
「知ってますよ」
そう言いそうになって、慌てて言葉を飲み込む。
優しげな祖母の笑みが頭によみがえる。
ここには彼女の気配が残っている。
鈴音は膝を立てて、縁側の突き当たりにある小さな押し入れの扉によりかかる。
膝に手を回して目を閉じた。
「昨日眠れなかったの。緊張しちゃって」
「家に手を加えるから?」
「うん。昔の記憶と今が変わっちゃう」
「変わらないものはないでしょ?」
拓海が言った。
鈴音は目を開けて、じっと拓海を見る。
「大人っぽいことを言うんだね」
「僕、もう十八ですよ」
「まだ子供だよ」
「もうすぐ大人です」
拓海は背筋を伸ばした。
鈴音はくすっと笑うと
「大人だね」と冗談半分に同意した。