アイスブルー(ヒカリのずっと前)


拓海は鈴音に子供扱いされることを、嫌だとは思わなかった。
いつもは背が低いことや、幼い顔立ちだということが嫌でしかたないのに。


不思議だった。


「工事の人たちに、缶コーヒーを出そうと思ってたんだ」
鈴音が言う。
「用意してなかった」

「買ってきましょうか」

「後で一緒に行く?」鈴音は言ったが
「ここに一人は残った方がいいですよ。僕がいってきます」
と拓海が言った。

「そっか。じゃあ、お願いします」
鈴音はそう言うと立ち上がり、玄関から財布をとってきた。

「これで」
鈴音がお金を拓海に手渡す。

「お預かりします」
拓海はジーンズのポケットにお金をしまった。


鈴音が財布を開けて、溜息をついた。


「どうしたんです?」

「あ、うん」
鈴音が顔をあげた。
「のんびりやろうと思ってたけど、開業したら結構がんばらないと駄目かもなあ、って」

「たくさんお客さん呼ばなきゃ。なんか宣伝を考えましょうか」

「宣伝ね……」
鈴音は空を見上げる。
「赤字が出なければいいや、ぐらいに思ってたんだ。わたし一人、生きていければ、それでいいから」


拓海は鈴音の横顔を見る。
何を考えてるのだろう。


「ずっと一人?」
拓海が訊ねる。

「……うん」
鈴音が頷いた。

「寂しいな、それ」
拓海が言った。


鈴音はちらっと拓海を見て、笑みを浮かべる。
「一人も気楽でいいよ」

「でもやっぱり、寂しいな。僕、ちょくちょくカフェに遊びに来ます」

「来て来て」
鈴音が歯を見せてわらった。


しばらく二人で、宣伝をどうやってするかを、話し合った。


台所からは大きな音が聞こえてくる。
何かを壊すような音が出るたびに、鈴音ははっとして台所に目をやった。

「大丈夫ですよ」
その度に拓海はそう言った。


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