アイスブルー(ヒカリのずっと前)


遠くで風鈴がなっている。

ちりん、
ちりん、
ちりん。

小川の中に、鈴を入れたよう。


暖かいけど、優しい風。
前髪がさわさわと揺れる。


ああ、わたし、今家にいる。


縁側に赤いミニカー。
あの子が大好きなミニカー。


男の子だから、車が好きで、
腹這いになって、床の上を走らせる。


額に汗をかいて、目をキラキラさせて。


でも、どこに行ったのかしら。


あの子の車だけが見える。
あの子が見えない。


すると誰かに肩をたたかれた。


優しく、三回。
とん、
とん、
とん。




そこで、鈴音は目を開いた。


真昼の太陽。
庭の緑。
風鈴の音。


鈴音は目をこすった。
部屋の暗がりに目を凝らす。


誰もいない。


縁側の板張りに目をやる。


赤いミニカーはない。


当たり前だ、そんなこと。
子供がこの家にいたことはないのだから。


鈴音はゆっくりと立ち上がった。
肩に叩かれた感触が残っている。
まるで本当に誰かに起こされたみたいだ。


「変なの」
鈴音は首をかしげた。


台所をのぞいてみる。
水回りの一部が撤去されていた。


胸にこみ上げる物がある。
これからあそこに新しいシンクが入る。

作業の人たちはいなかった。


鈴音は台所の時計を見上げた。
十二時二十分。


鈴音は縁側に戻り、耳を澄ます。
塀の向こう、道路側から、作業の人たちの話し声が聞こえる。
休憩を取っているようだ。


拓海はまだ帰ってないのだろうか。
鈴音は部屋の中で立ち尽くした。


すると祖母の部屋の襖の向こうから、物音がした。


「拓海くん?」
鈴音は声をかけてから、襖をあけた。


鈴音は息をのむ。


仏壇の前に拓海が倒れていた。
全身から汗をかき、うめいている。


鈴音は、思わず口に手を当てる。


「拓海くん!」
鈴音は駆け寄った。


拓海を仰向けにして、顔を見る。


真っ青だ。
眉間に皺をよせている。
身体は恐ろしいほどに冷たい。


「どうしたの? ねえ、大丈夫?」
鈴音は声を大きくした。


道の真ん中で倒れた拓海を思い出す。
あのときもこんな風に、全身に汗をかいていた。


「低血糖? ど、どうしたら……やっぱり、あのとき病院に連れていてけばよかった」
鈴音は唇をかんだ。


拓海が胸を押さえて、うめいている。


「どうしたの? 苦しい?」
鈴音は拓海の胸を押さえる。

「い、痛い。いた……」
拓海が小さな声で訴える。


鈴音は自分の血の気が失せるのがわかった。


「この子、死んじゃう」


「救急車」
鈴音は思いついて玄関に走る。


子機を手にとって、震える手でボタンを押す。


焦っていた。
パニックになっていた。


「どうしよう、あの子死んじゃう」
鈴音は半ば泣きながら、オペレータの声を聞いた。


鈴音は拓海の側に戻りながら、どうにか病状を説明する。
うめく拓海の手をにぎる。


「大丈夫よ。すぐに救急車くるから」
鈴音は大きな声で拓海に話しかけた。


拓海から力が抜けて行く。
胸にあてていた手が、畳の上におちる。
拓海の意識がなくなる。


「やだ、やだ、やだ」
鈴音はパニックになって、拓海を揺さぶった。


「大丈夫よ、大丈夫。すぐに病院に連れて行ってあげるから」
鈴音は拓海の汗にぬれた額をなでた。

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