アイスブルー(ヒカリのずっと前)
どのくらい時間が経っただろう。

消毒の匂いが漂う。
深いグリーンの床に置かれた、自分の足を見つめた。
サンダルの形に日焼けしている。


廊下に置かれたビニールの長椅子に鈴音は腰掛けて、扉が開くたびにはっと目をあげた。
周りを見ると、何人も、うつむいた人たちがいた。
同じように長椅子にかけている。皆不安そうに、眉間に皺を寄せている。
そして同じように、扉が開くたびに目をあげる。


鈴音は両手で顔を覆う。
大声で泣きたかった。


「市田さん?」
看護士にそう呼ばれて、鈴音は顔を上げた。

「中へどうぞ」
若い看護士は笑顔を浮かべて鈴音を促した。


鈴音は立ち上がり、部屋へと入る。
カーテンで仕切られた診察スペースで、黒いビニールの貼られた丸い椅子に腰掛ける。


若い医者。
こんなに若い医者で、大丈夫だろうか。
不安で仕方のない鈴音の前で、若い医者はゆったりと話だした。


「極度の脱水が見られましたので、今点滴を行っています。今日、とても暑かったので。熱中症ですよ」

「え?」
鈴音は目を開く。

「水分補給はしっかりと、こまめにとるようにしてくださいね。点滴が終わって目が覚めたら、もう帰っていいですよ」

「いいんですか?」
鈴音は信じられなくて、思わず責めるような口調で訊ねた。

「いいですよ」

「だって、あんなに、胸を押さえて痛がって……。前にもあったんです。こんな感じで倒れて。でもそのときは胸が痛いなんてこと、言ってなかったんですけど」
鈴音は必死に説明する。

「う……ん」
医者はカルテを見ながら、鈴音の正面を向く。
「今はその症状が出てないんですよね。心電図もとりましたけど、問題ありません」

「だけど」

「もし精密検査をするというのなら、親御さんの了承を得て、日を改めて受診していただいた方がいいと思いますよ。今は、市田さんしかいらっしゃいませんし」

「あ……」
鈴音は押し黙った。


医者は納得させるように軽く頷くと、
看護士に「市田さんを患者さんのところへ」と促した。
看護士に「さあ」と促されて、鈴音はゆっくりと立ち上がった。


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