アイスブルー(ヒカリのずっと前)


結城はしばらく拓海を見つめたあと
「思い込みってことはない?」と聞いた。

「うん。本当のこと」

「じゃあ、俺はオカルトとか信じないけれど、その子供がお前に取り憑いたなんてことは……」
結城が言いよどむ。

「ないよ。違う。最初から知ってるって感じ。ずっと僕の中にあった」

「そうか」
結城が波に目を向ける。


拓海はしゃべってから、とたんに不安になった。
ちらりと結城の様子をうかがう。


視線に気づいて、結城が拓海を向く。
「それで?」

「それで……結城は信じたの?」
拓海は結城の瞳を覗き込むように訊ねた。

「信じたよ」

「嘘」
拓海は思わず口に出す。

「なんで?」

「だって、信じられないような話しだろ?」

「嘘なの?」
結城が軽く笑って返す。

「嘘じゃない、けど」
拓海は気まずい思いで下を向く。

「じゃあ、信じるよ。お前だもん」
結城が波を向く。


前髪が風で舞い上がる。
「それで?」


「それで、どうしたらいいか……」

「どうにかする必要あるの? だって、あの人は今の拓海とは何にも関係ないだろう?」

「あの人のことを考えると、悲しいんだ。あの人に詰め寄って、泣きわめいて、どうして殺したんだって、叫びたいんだ」


白いしぶきが、少し遠のいたようだ。
拓海は砂をつかんで投げたが、波まで届かない。


「こんなこと、僕は知らなくたってよかった。知らなければ、僕はこんなにも苦しくなる必要はなかったんだ。どうして、こんなことに……。あの人に、復讐しろっていう神様の意思なんだろうか」

「あの人のこと、憎んでるの?」

「憎む、そうかも……」
拓海は悲しくなって、涙が出そうになった。

「おかしいな」
結城が言う。

「何が?」

「お前、うれしそうだった。あの人に会ったとき、本当に幸せそうだった。今にも飛び上がりそうで」


拓海は鈴音と初めて会話をしたときのことを思い出す。


指先まで広がる、不思議な歓び。

鈴音が笑う。
胸が高鳴る。

恋とは違うけれど、それに似た躍動。


結城の顔を見ると、静かに拓海を見つめてる。
結城の瞳の中に、拓海の姿が見えた。


幼い顔立ちだけれど、十八の男性。
泣いている小さな子供ではなかった。


「ありがとう」
拓海は思わずそうつぶやいた。

「なんで?」
結城が瞬きをする。

「わかんないけど。でも感謝してる」
「単純だな」
結城が拓海の頭をなでる。

「子供扱いするなよ」
拓海がその手をよける。

「だって、かわいいから」
結城が笑いながら、更に拓海の頭をもしゃもしゃとなでた。


潮風が頬にあたって気持ちいい。
目を閉じると、鈴音の顔が思い浮かぶ。


悲しい。


確かに彼女のことを考えると、悲しくて仕方ない。


でも憎いわけじゃないのかも……。


「じゃあ、なんで僕は彼女に出会ったんだろう」
拓海はそう思った。


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