いつでも王子様
「薫、いい加減自分の家に戻ってもいいんだよ?」
「は?自分の家ってここだけど?」
「だから、違うでしょ?今まで暮らしていた家。実家からの方が、薫の大学には近いんだから、どうしてわざわざ通学に一時間以上もかかるこの家に住むの?」
「そんなの簡単だろ?璃乃がこの家に住むなら俺も」
「ちょっと、どうしてそんな発想になるのよ」
リビングのラグに寝ころび、リラックスしながらテレビを観ている薫の側に腰を下ろしながら私はため息を吐いた。
土曜日のお昼。
私も薫も大学はお休みで、軽い朝食を済ませたあと、リビングでこんなやり取りを続けている。
一緒に暮らし始めて一か月が経ち、お互いの大学生活にもそれなりにリズムが生まれてきた。
私の家事の腕前は今すぐにでも結婚できるほどのもので、一人暮らしの不自由さはないものの、同居する薫との関係には困りきっていた。
大学の講義も、まだそれほど忙しいものではなく、どちらかというと嵐の前の静けさというところ。
小学生の頃、体に弱点を抱えて病院のお世話になっていた私は、手術で健康になったあと、医師になると決めた。
そして、小児科医を目指して日々充実した大学生活を送っている。
一方薫は、大学で遺伝子の勉強をしている。
具体的にどんな勉強をしているのかはよくわからないけれど、薫は高校に入学後しばらくして志望大学も決めていたというから、何か思うところがあっての入学だと思う。
薫のお母さんは、薫が産まれるまでに流産を三回経験し、ようやくの思いで薫を授かったという。
薫のお母さんにその原因はあったらしいけれど、その事が薫の進路に少なからず影響を与えたと、弟の璃久が話していた。
弟の璃久と薫は、それこそ本当の兄弟のように仲が良くて、一人っ子の薫にしてみればかわいくてたまらない存在のようだ。
プロサッカー選手になる夢を叶える為に海外に留学している璃久のことを気遣い、頻繁に連絡を取り合っている薫から璃久の様子を聞くことも多い。