恋の糸がほどける前に
ふいに、視線をこちらに向けた水原が驚いたように私を呼んだ。
あまりに唐突で、びくりと私の肩が跳ねる。
水原の声に振り返った雫先輩も驚いたように目を見開いて、しかしすぐに視線を伏せると、何も言わずに駆けだしてしまった。
「雫先輩……っ!?」
するりと私の横をすり抜けていった雫先輩に私はすぐには理解が追い付かず、パタパタと廊下を駆けていく後ろ姿を呆然と見送ることしかできない。
────私が来たから、逃げ出した。
そんなふうに見えた。
雫先輩は私が水原のことが好きだと知っているから、水原とふたりきりでいたことを気にしての行動だったのかもしれない。
雫先輩が逃げ出した理由としては成り立つと思うのに、それは違うと分かってしまった。
……どうしてかな。
理由なんてないけど、雫先輩はただ単に私自身から逃げたような気がしたから。
私のことを避けるために逃げ出したような気がしたから。