恋の糸がほどける前に
「フラれたときは、どうして、って思ったし、今だってまだ平気なんかじゃないけど。
でも、私が貴弘くんと付き合えていたこと自体、奇跡みたいなものだったんだよ」
諦めたような口調でそう言った雫さん。
雫さんが奇跡、なら、他の誰もあの人と付き合えないんじゃないかと思う。
「そんなことないでしょ。一緒に海に行った時、幸せそうに見えましたよ」
お世辞なんかではなく、本心だった。
あの時はたしかに、本当に幸せそうな、お似合いのふたりだったから。
でも、雫さんは首を横に振る。
「かなわないって、本当はわかってたの。海に行ったときだって、貴弘くんの気持ちは私じゃなくて葉純ちゃんに向いてた。信じたくなかっただけなの、きっと」
「……え?」
突然雫さんの口から出てきた名前に、間の抜けた声を返してしまった。
貴弘さんの気持ちが、三浦に向いてた……?
どういうことか訊きたかったけど、俺がそれをたずねる前に雫さんが再び口を開く。
「つらいときに支えてくれる人がいなくなるのって、心が折れちゃいそうになるね」
ポタ、と床に落ちた水滴。
嗚咽交じりの声。
震える細い肩は弱々しくて、みているこちらのほうが悲しくなる。
「……水原くんも、そうでしょう?」