恋の糸がほどける前に

自嘲したように言葉をこぼす雫さんに、俺はなにも言えなかった。

俺がどんな言葉をかけたって、余計に彼女を傷つけてしまうような気がして。


それに、なにより。


「……俺、基本的には自分で見たものしか信じないんです」


そんな見栄を張ってしまうくらいに、信じたくなかったから。


もしかしたら、雫さんの見間違いかもしれない。

勘違いかもしれない。

キス、なんかじゃなくて。

なにかの拍子に唇が当たってしまっただけ。

それだけの、事故かもしれない。


有り得ないことはわかっていても、そんなふうに都合よく考えてしまいたい自分が勝った。


「三浦から聞くまでは、その話、信じないことにします」


半ば自分に言い聞かせるような口調でゆっくりそう言うと、雫さんは驚いたようだった。


< 184 / 283 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop