始まりは恋の後始末 ~君が好きだから嘘をつく side story~
「からかわないで」

いつもよりワントーン低い声でそう言っても、澤田くんは表情を変えなかった。そして手を止め視線をよこしてもう一度言葉にした。

「僕が誘いたかったのは、今井さんですよ。他の誰かじゃない」

その言葉に彼から目が離せなくなってしまった。言葉が甘すぎて、じわじわと胸が苦しくなる。
それでも頭で言葉を復唱して、彼の真意を考える。『本当に?』それとも『冗談?』。彼の表情から読み取ろうと考えるけど分からない。彼が何で私を食事に誘い、甘く勘違いさせるようなことを言うのか分からない。
気にすれば気にするほど言葉を返せなくなって、視線をそらしステーキに意識を集中させて次々にカットしては口に入れて食事を進めた。
そして真っ赤に頬を染めながら自分に視線すらよこさない咲季を愛しい眼差しで見つめながら、隼人もまた食事を再開した。
そんな2人の間にしばらく会話がなくなったけど、咲季は居心地の悪さは感じなかった。
何故ならば時々チラッと隼人の表情を伺う度に、彼は柔らかい笑顔を咲季に見せたから。その笑顔を見る度に段々と気持ちが和らぎ、咲季は何となくホッとしてほんの少しだけ口元に笑み浮かべていた。
そんな2人の光景は周りから見ればデートにしか見えないような甘さがあった。
そして最後のデザートを口にした時、隼人が「美味しいですね」と咲季に声をかけると、咲季はすぐに笑顔で「うん」と素直に同調したのだった。

全て食べ終わり少し落ち着いた頃、咲季は化粧直しへと席を立った。
鏡の前に立ち、自分の顔を見るとやっぱり頬は赤みを帯びていた。『お酒のせい?』それとも『澤田くんのせい?』どっちなの?と両手で頬を包みながら考えても、私の気持ちは分からない。そのまま深呼吸しても、胸を打つ鼓動はいつもと違うことを感じた。

-澤田くんはどうしてあんなことを言うの?-

いろんな理由を考えるけど、彼の言葉を思い出すとまた頬が熱くなる。単純に考えれば嬉しいのに、どうしても邪推してしまう。
私はいつのまにか恋愛の甘い言葉を素直に受け取れなくなってしまった。
それは自分のせいなんだけどね・・・。私が不倫で得た愛情は全て真実ではなかったから、自分には染み付いてしまった。
どんな言葉も約束も、その場の雰囲気の上で存在したものが多かった。だから守られない約束はいくつもあった。
そしていつからか与えられた言葉も抱擁も信じることができなくなってしまった。
友人や後輩の恋の相談はいくらでものれるのに。『信じてあげなよ』って言葉も言っているのに。
自分が一番人の気持ちや言葉を信じていないんだよね・・・。再度自覚して空しくなる。
そんなことを考えていたらさっきまで熱かった頬も熱を失っていた。

「早く戻らなきゃ」

ボーと考えていた時間はどれ位だったのだろう?とりあえずサッと化粧直しを済ませて席に戻ると、澤田くんはさっきと変わらない様子で待っていてくれた。
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