始まりは恋の後始末 ~君が好きだから嘘をつく side story~
「今日はありがとう」

頭を軽く下げてもう一度お礼を言うと、澤田くんが「今井さん」と私の名前を呼んだ。彼に『今井さん』と呼ばれると、何故だかツキンと胸が痛くなる。

「何?」

彼の顔を見上げると、まっすぐ私の瞳に視線を合わせてくる。
そのまま見つめ合う状態になって、彼の視線から逃げられなくなる。真っ直ぐ見つめてくるその瞳は、苦しくなる位に私の鼓動を速くする。
そして一瞬の沈黙の後、私の緊張に似た意識とは対照的に落ち着いた声でささやいた。

「僕と付き合ってください」

「・・・」

言葉はハッキリと聞こえたのに、彼を見つめたままボーっとなる。
澤田くんがそんな言葉を言うなんて。
彼の瞳への焦点が少しずつ鈍ってくる。そんな私に気付いているのか分からないけど、彼は変わらない様子で言った。

「好きです」

好き?私?・・・私が・・私のことを・・好き?

「・・・・・嘘」

表情なく、言葉だけが口からもれる。
澤田くんが『好き』と言ってくれたのに、私の心が『・・・・・嘘』とつぶやかせた。
そんな私の声を聞いて、澤田くんの表情がゆっくりと真顔に変化する。それを見て、私の胸も苦しさを感じた。

「嘘?」

確かめるように聞いてくる。

「・・そう、嘘だよ。」

「こんなこと僕は嘘ついて言わないですよ」

「そんなわけないよ。澤田くんが私のこと好きになるなんて・・そんなのあるわけないじゃない」

鼓動が速くなり、語尾も強くなる。

「どうしてですか?」

彼は冷静に聞いてくる。

「だって・・だって澤田くんは楓のことが好きだったじゃない。ずっと、ずっと好きだったじゃない」

私の中で色濃く残っている感情を勢いでぶつけてしまう。
私が言ってはいけないことだけど、澤田くんが私に『好き』と言う意味が理解できない。

「何でそんなこと言うの?責任感ってやつ?私と勢いで寝ちゃったから?それだったら気にしないでよ・・私だってもう気にしていないんだから」

速くなる鼓動と共に、乱暴に言葉をぶつけてしまう。自分の気持ちも澤田くんの言葉からも逃げるように、全てを否定する。

だってもう傷つきたくない。

今澤田くんに言った言葉にすら、胸が痛くて苦しくなる。
彼を好きだと意識してしまった時から、私の感じることがどんどん変わっていく。
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