始まりは恋の後始末 ~君が好きだから嘘をつく side story~
「ねえ・・あのさぁ」

「ん?何ですか」

柔らかい声で聞き返してくる。

「うん、あのね・・・。私達が付き合っていることは会社ではまだ言わないで欲しいなぁ~って」

上目遣いで彼の顔を見上げると、じっと見つめてくるその視線に目をそらせなくなってしまった。
私の言葉の意味を探ろうとしているのかな。それが何となく気まずい。
つい根負けしてしまいお伺いをたててみる。

「ダメ・・かな?」

下手に出た私に片眉を上げて問いかけてきた。

「隠したいってことですか?」

「う~ん、隠したいっていうか・・何となく?」

ああ・・もう下手くそな答え。ほら澤田くんだって納得してない顔しているよ。
じゃあどう言えばいいの?ゴチャゴチャと考えるとうまく言葉にできない。
そんなことを考えていると、彼の大きな手のひらが私の左頬をそっと包み、親指が優しく頬を撫でた。

「まだ僕と付き合うことに迷っています?」

「そんなことないよ!」

それは絶対ないって首をブンブンと振ると、必死な私が可笑しかったのか少し笑みを見せた。

「それなら秘密にしたい理由だけ教えてください」

「え~、言わなきゃだめ?」

「だめ」

優しくも言い切る彼に渋々と答える。

「だってさぁ、自分でもわかっているでしょ?澤田ファンの数の多さ。私なんかと付き合ってるって知ったら大変だよ、恐ろしいったらありゃしない。今まで澤田くんに彼女がいなかったから、ある意味みんな安心していたところがあると思うし」

そう、彼に特別な人がいないと思っているから平和だったはずだし。
だからこそ澤田隼人の彼女になる人は納得というか諦めがつく人でないといけない。
王子様の相手はお姫様でなければならない。『彼は王子様』それくらい彼はもてるのだ。
そんな私の自虐が通じたのか、軽いため息をつきながらも彼は少しだけ頷いて見せた。

「じゃあ・・とりあえず会社では秘密ってことでいいですよ」

「ほんとに?」

「うん、とりあえずってことで。いつまで秘密にするかはまた考えます、それでいいですか?」

「分かった」

とりあえずって形でも今はいいと思えた。
まだ付き合うと決まったばかりで先のことは分からない。それなのにみんなに知られることに自信がなかったから秘密という形で自分を守りたかった。
澤田くんだっていつまで私を好きでいてくれるか分からない。
もう少しだけ・・彼が本当に私だけを好きでいてくれると心から感じられるまで、静かに彼との付き合いを深めて行きたいとわがままにも思った。
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