ラストバージン
「どこか行きたいところはありますか? 買い物でも美術館でも、何でも構いませんよ」


買い物なら一人で行きたいし、誰かと一緒に行くとしても相手は友達がいい。
美術館だって全く興味がない訳じゃないけど、敢えて行きたいと思える程の場所じゃない。


「特には……」


そんな気持ちを隠して微苦笑を零し、ミルクティーの入ったカップに口を付けた。


気疲れからか甘い物を欲して珍しく注文してみたけれど、あまり美味しいとは思えない。
楓のマスターのブレンドが恋しくなって、まだ口を付けていなかったグラスの水で誤魔化した。


「じゃあ、少し散歩でもしませんか? 近くに綺麗な公園があるんですよ」


まだ寒い日々が続いているけれど、今日はとても天気がいいから日向ぼっこに適しているだろう。


「すみません、今日はそろそろ……」


だけど、敢えて腕時計に視線を落とし、わざと繕った恐縮の表情で続けた。


「先日の勉強会のレポートを、明日までに纏めなければいけなくて。それに、年度末なので他にも仕事が溜まっていて……」


とっくに仕上がったレポートが自宅に置いてある事はおくびにも出さず、眉を小さく寄せたまま「すみません」と頭を下げた。

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