ラストバージン
「あ、マスター。ちゃんと交換出来ましたよ」

「ありがとうございました。助かりました」

「いいえ」


笑顔で交わされた会話に小首を傾げると、マスターがそんな私に瞳を緩めた。


「トイレの電球が切れたので交換しようとしたところ、榛名さんが代わりにやって下さったんですよ」

「そうだったんですか」

「マスターが脚立に乗るところなんて、ヒヤヒヤして見ていられないですからね」


苦笑を零す榛名さんの言葉に、思わず共感してしまう。


いくら元気に喫茶店を営んでいるとは言っても、失礼ながらマスターは高齢者。
しかも、身長はあまり高くなく、小柄な体型なのだ。


目の前で狭いトイレ内に広げた脚立に乗られたりなんてしたら、それこそ私だってマスターの代わりを買って出たくなるだろう。


「お礼に、一杯サービスさせて頂けませんか?」

「ありがとうございます。何だか得しちゃったな」


嬉しそうに笑った榛名さんは、柔らかい表情のまま私を見た。


「よかったら、隣に座られませんか?」

「あ、はい」


当たり前のように椅子を引いてくれた榛名さんに戸惑いつつも頷き、「ありがとうございます」と笑ってそこに腰掛けた。

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