ラストバージン
マスターは丁寧に二杯分のブレンドを淹れると、カウンター内に置いてある椅子に腰掛けた。


カウンター内に椅子が置いてある喫茶店は、ここしか知らないけれど……。こうしてカウンターの中で座っているマスターの姿を見るのが、私は本当に好きだ。


いつも以上にゆったりとした空間を醸し出してくれるような気がして、今のような閉店間際であってもとても落ち着くのだ。


「久しくお目に掛かっていなかったので、寂しかったですよ」

「私もです。でも、年度末で仕事と勉強会に追われていて、余裕がなくて……」

「今日もお仕事だったんですか?」

「はい」

「それはそれは……。本当にお疲れ様でした」

「看護師さんって、本当に大変なんですね」


マスターの言葉に、隣で黙って聞いていた榛名さんが労うように微笑んだ。


「医療って日々進歩しているから、いつまでも学ぶ事が付き纏うんじゃないですか?」

「勉強量だけで言えば、学生の頃よりも遥かに少ないですよ。勉強会だって、別に強制じゃありませんし。ただやっぱり、仕事をしながら学ぶというのは大変で……」


榛名さんに苦笑を返しつつそこまで話し、それから彼の瞳を真っ直ぐ見つめた。

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