ラストバージン

* * *


「今日はご馳走するから、遠慮しないで食べてね」


大衆居酒屋の一角でそう言った私に、最初こそ遠慮を見せていた酒井さんも次第にアルコールのピッチが早くなっていき、一時間後には顔が赤くなっていた。


「私、矢田さんの指導をしていく自信がないんです……。私の教え方が悪いのかもしれないですけど、あそこまでつまらないミスを連発されるとフォローし切れないし、自分の仕事だってままならないし……」


彼女は私が思っていた以上に思い詰めていたようで、酎ハイやカクテルが入る度に落ち込みをあらわにしていった。


「酒井さんの教え方は上手いと思うよ。もう一人の新人の(はら)さんはほとんどミスもないし、まだ二週間だけど成長しているのがわかるもの。ただ、矢田さんは少し要領が悪いと言うか、まだ緊張しているのかもしれないね……」

「それはわかります。私だって、最初の一ヶ月は不安と緊張でいっぱいだったし……」

「私もそうだったし、初めて新人の指導に当たった時にはたくさん悩んだよ。その頃の私に比べたら、酒井さんの教え方は本当に的確だと思うから、自信を持って」


月並みな言葉しか言えない事に申し訳なさを感じながらも、俯きがちだった酒井さんに笑顔を向けた。

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