ラストバージン
「あ、そういえば……」


ポツリと切り出した榛名さんに小首を傾げると、彼はどこか寂しげにも見える微笑みを浮かべた。


「最近、お忙しいんですか?」

「え?」

「楓でちっともお見掛けしないのでマスターに訊いてみたら、しばらく行かれていないみたいでしたから」


怪訝な顔をした私を、榛名さんが微苦笑のまま見つめた。


きっと、変な意味じゃない。
ただ何となく気になって、そんな事を尋ねただけに違いない。


頭の中ではそう言い聞かせながらも、心はやけに騒ぎ出していた。


「し、新年度で、ちょっと忙しくて……。早番や日勤の時は残業ばかりで……。楓には行きたいんですけど、不規則な勤務なので中々時間が取れなくて……」


必死に平静を装おうとしても口調はしどろもどろで、動揺を上手く隠せているのかと不安になる。


「どうりでお会い出来ないはずですね」


榛名さんはそんな私の心情を余所に笑い、小さなため息をついた。


「あれから見掛けないので、どうされているのかと気になっていたんです。楓でも、通勤や帰りの時でも、結木さんに会えないかなぁと思っていたんですけど……。残念ながら、一向に会えませんでしたから」

< 146 / 318 >

この作品をシェア

pagetop