ラストバージン
こんな風に言われて、平静を保つ事なんて出来るはずがない。


職業柄、この歳でも患者さんに声を掛けられる事は少なくはないし、中には手慣れた口説き文句を並べる男性もいるけれど……。

「だから、今日はお会い出来て良かったです」

それらには大して反応しない心が、榛名さんの声で紡がれる言葉にはやけにざわめく。


これを〝ときめき〟と呼ぶのは、正しいのだろうか。
もう何年も恋をしていない私には、そんな事すらわからない。


だって、ときめき方なんて忘れてしまっているから…。


その答えがわからないまま、気が付けばマンションが目の前に見えていた。
利便性を考えて選んだはずなのに、駅から近い事が今は残念に思える。


(もうちょっとだけ話したい……)


胸の奥で燻る願望はもちろん声に出せないし、そもそもそんな事を言う勇気もない。
悶々としながら俯きがちになると、榛名さんが私の顔を覗き込んで来た。


「あの、結木さん」

「……っ、はっ、はいっ……!」


顔が近い事と突然の事に驚いた私は、思わず一歩飛び退いてしまって……。

「あっ、すみません……」

彼も目を小さく見開いた後、慌てたように頭を下げた。

< 147 / 318 >

この作品をシェア

pagetop