ラストバージン
「いえ……。私の方こそすみません。ちょっとボーッとしていて……」

「お疲れなんですよ、きっと」


眉を小さく寄せながらもニッコリと笑った榛名さんは、コンビニの袋をガサガサと漁ってココアを取り出した。


「これ、よかったらどうぞ」

「え? でも……」

「遠慮しないで下さい。二本買ったので」


少しだけ悩んだけれど、笑みを浮かべて差し出された缶を受け取った。


「ありがとうございます」

「いいえ。大した物じゃありませんけど」


じんわりと掌に広がった熱は心地好くて、これをお供に月見をしたくなる。


「ゆっくり休んで下さいね。おやすみなさい」

「おやすみなさい」


心の奥底で燻る気持ちはやっぱり口に出来ないまま会釈をし、笑顔を残して歩き出した榛名さんの背中を見送る。


(振り向いてくれないかな……)


そんな風に思った事に深い意味なんてない、と言ったところで信憑性はないだろう。
自嘲気味に微笑んで、もうすぐ右に曲がる榛名さんの背中を見つめ続けていると、不意に彼が足を止めた。


数秒間そのまま動かずにいた榛名さんの行動に、小首を傾げそうになった時。
向けられていた背中がクルリと回って、途端に目が合った。

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