ラストバージン
(えっ……な、何っ……!?)


足早に戻って来る榛名さんから目が逸らせないまま、その意図がわからない心の中は戸惑いでいっぱいになっていて、焦りから持っていたココアの缶を落としてしまいそうになった。


「……やっぱり言わせて下さい」


私の前で足を止めた榛名さんは、とても真剣な表情をしている。


「あ、あの……」


初めて見た彼の顔にまごつく私を見つめたまま、意を決したようにゆっくりと口を開いた。


「今度、食事に行きませんか?」


一瞬、耳を疑った。
榛名さんが紡いだ言葉の意味を理解するまでに必要以上に時間が掛かって、ようやく判断が付いた後も瞬きを繰り返していただけ。


「……ダメ、でしょうか?」


そんな私に向けられたのは不安げな表情で、咄嗟に首をぶんぶんと横に振る。
食事に誘われたくらいで言葉も出ない程に緊張したのは、一体いつ以来だろう。


「いいんですか?」


記憶を手繰り寄せてもわからなくて、そんなつまらない事を考える余裕はあるのに、答えを待つ榛名さんへの言葉を声に出来ない。


「はい……」


ようやく喉の奥から押し出した二文字に、彼が強張っていた表情を緩めて嬉しそうに破顔した。

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