ラストバージン
「酒井さん、今日はどうだった?」


事務での用事を済ませて病棟に戻ろうとした時、早番で仕事を終えた酒井さんを見掛けて引き止めると、それだけで私が何を言いたいのかわかったのだろう。
彼女は眉を寄せ、ため息混じりに微笑んだ。


「全然ダメです。矢田さん、さっきも配膳の時に患者さんにお茶を掛けてしまって……」

「え?」


目を見開いて患者の名前を確認した後、背中に冷や汗が流れた。


「すごく怒られていて、師長が謝罪していたんですけど……」


リハビリ科病棟の入院患者の中で要注意とされているその女性は、少しでも気に障る事があると怒鳴り散らすのだ。


「私も謝罪はしたんですけど、かなりお怒りで……。矢田さんはあまり反省していないみたいだったので、益々怒ってしまわれて……。本当にすみません……」

「酒井さんが謝る事はないよ」

「でも、私の不注意でもあるので……。少し目を離した時の事だったので……」

「配膳にまでいちいち目を配るのは、いくら指導看護師でも無理だよ。だから、酒井さんの責任じゃないから。ね?」


落ち込む酒井さんに微笑み掛け、更衣室に向かう途中だった彼女と別れて急いで病棟に戻った。

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