ラストバージン
「少し散歩でもしましょうか」


大きな公園の駐車場に車を停めた榛名さんは、春の陽溜まりに負けないような柔らかい笑顔で私を促した。


すっかり桜の散ってしまった木々は青々とした葉を広げ、公園内の植え込みを緑で埋め尽くしている。
芝生がメインの綺麗な公園内は親子連れで賑わっていて、遊具も広場も家族で遊んでいる姿が目立つ。


十二時半の待ち合わせから三時間以上が経った今、天候も気温も申し分ないくらいに過ごし易いから、そんな状況にも頷けた。
私達は賑わう遊具や広場を避け、コンクリートで舗装された遊歩道を歩く事にした。


「桜、完全に散りましたね。もう花びらもない」

「そうですね」


木々と地面を交互に見た榛名さんの視線を追い、今年もゆっくり桜を見る事がなかったと微苦笑を零す。


「うちの学校には桜の木が何本かあるんですが、結木さんの病院って桜とかありますか?」

「はい。桜はもちろんですけど、うちは心身どちらのケアにも力を入れているので、中庭が大きくて花や木がたくさん植えてあるんです。だから、休憩中はよくそこで過ごします」


「いいですね」と笑った彼は、おもむろに空を仰いで目を細めた。

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