ラストバージン
「この後、どこか行きたいところはありますか?」

「えっと……」


三十分程してから車に戻り、エンジンを掛けた榛名さんが私に笑顔を向けた。
元々、あまり外出を好まないからすぐに行きたいところが思い浮かばなくて、それでも必死に行き先を考えてみる。


「あ、もし夜に何か予定でもあるのなら、このまま送りますけど……」

「え?」


自分の中に〝帰る〟という選択肢がなかった私は、予想していなかった言葉を掛けられた事に目を小さく見開き、自分自身の心境の変化に驚きながらも首を横に振った。


「今日は榛名さんとのお約束があったので、他の予定は何も……。でも、もし何かご予定があるなら、そろそろ帰りましょうか?」


少し、ずるい訊き方だっただろうか。
まるで榛名さんに委ねるような言い方は、素直になれない愚かな私を浮き彫りにした。


そんなずるい自分自身を、笑みを浮かべて誤魔化す。


「僕も、今日は結木さんとのお約束だけです」


すかさず微笑んだ榛名さんは、そんな私の心を一瞬で喜び一色にしてくれた。


「じゃあ、とりあえずドライブでいいですか?」


笑顔で頷くと、彼がハンドルを握る車がゆっくりと動き出した。

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