ラストバージン
やっぱりご馳走してくれると言った榛名さんに甘え、お決まりのように理髪店のガーデンベンチに腰掛けた。
ホットコーヒーの缶は少し熱いくらいで、以前にここで過ごした時にはちょうど良かった缶の温度の感じ方が変わった事で、それだけの時間が流れたのだと改めて思う。


二人して選んだ砂糖入りのコーヒーに、また一つの共通点を見付けて嬉しくなった。


それはきっと、ごく自然の事。
また親近感を抱くキッカケとなったこの事を特別な事のように思えたのは、榛名さんへの見方が変わって来ているからなのかもしれない。


「今日一日、あっという間だったな」

「うん」

「楽しい時間は過ぎるのが早い、ってこの事なんだろうね」


ニッコリと見つめられて、思わず視線だけを小さく逸らしてしまう。
それでも「うん」と頷けば、視界の端に映る榛名さんがとても嬉しそうに笑って、私の心をくすぐった。


「そろそろ帰ろうか」


コーヒーの缶はとっくに空っぽで、彼は私の手からそれを抜き取ってベンチの横にあるごみ箱に捨てた。


名残惜しいと言うよりも、〝寂しい〟。
そんなはっきりとした感情を隠して笑顔を見せ、穏やかな月夜の道をゆっくりと歩き出した。

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