ラストバージン
ようやく肩の力が抜け、ホッと息をつく。
こんな事なら、映画なんて観ずに最初からここに来ていれば良かった。


映画鑑賞は趣味の一つだけれど、今日は選択を間違ってしまったらしい。
憂鬱さが和らいだ今となっては、ここに立ち寄った自分の選択を褒める事にし、カップに口を付けた。


「お疲れのようですね。お仕事帰りですか?」


ここに来た時には三人いたお客さんは順番に帰って行き、残っているのは私一人。
そんな状況になって少しした頃、マスターが微笑みながら話し掛けて来た。


「いえ、今日はお休みだったんですけどね……」


そんなに顔に出ていたのかと苦笑を零し、彼の優しい人柄に誘われるように続けた。


「今月末の両親の結婚記念日のお祝いで、実家に顔を出しに行っていて……。その帰りなんです」

「それは、おめでとうございます」


苦笑したまま「ありがとうございます」と返し、そっとため息をつく。
それから視線をカップに落とし、褐色に近い液体を視界に入れたまま口を開いた。


「結婚していないのって、やっぱり親不孝な事なんでしょうか……」


独り言のように零した言葉は、ちょうど十八時を知らせる振り子時計の鐘の音に掻き消された。

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