ラストバージン
縋るような気持ちで顔を上げると、少しばかり考えるような表情をしていたマスターがフッと笑みを浮かべた。


「親孝行も親不孝も、感じ方は人それぞれですよ」


そう前置きをした彼は、優しい顔のまま続きを紡いだ。


「私も人の親ですから、子どもの結婚は嬉しくもあり寂しくもありましたし、晴れ姿を見せて貰えた事で親孝行をして貰ったとも思っています」


マスターの人柄を表すような目尻のシワが、更に深くなる。


(かえで)は高校生ですからまだまだ先になるでしょうが、その時もきっと同じように感じるでしょうね」

「やっぱり、そうですよね……」


子どもが結婚する事を親孝行だと親が感じるのならば、いつも前向きな言葉を口にしない私はやっぱり親不孝なのだろう。
小さなため息を漏らすと、マスターがゆっくりと口を開いた。


「でも、それが一番の親孝行だとは、私は思っていませんよ」

「え?」

「私が親孝行をしてくれていると感じる一番の瞬間は、子ども達が元気でいてくれる事ですから」


ニコニコと笑うマスターは、本当にそう思っているのだろう。


「もちろん、持論ですけどね」


そう言いながら、優しげな瞳で私を真っ直ぐ見つめた。

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