ラストバージン
それから三十分程して席を立ち、会計を済ませた。


「ありがとうございました」

「こちらこそ、色々とありがとうございました」

「私でよければ、またいつでもお話を聞かせて頂きます」

「ありがとうございます」


美味しいコーヒーに、少しだけれど確実に軽くなった心。
素敵な時間を提供してくれたマスターの笑顔は、私を明るい気持ちにさせてくれた。


「また来ます」

「お待ちしています」


ドアを開けてくれたマスターに笑顔を向けると、彼は嬉しそうに頭を下げた。
カランカランと鐘の音が響く中、夜風が舞い込んで来る。


「あっ……」


その直後に漏れた声が、店先にいた男性のそれと重なった。


「いらっしゃいませ、榛名(はるな)さん」

「こんばんは」


〝榛名さん〟と呼ばれたスーツを着た黒髪の男性とは、このお店で何度か会った事がある。
顔見知り程度だけれど、いつも穏やかな笑みを浮かべていて好意的な印象だった。


「どうぞ」

「あ、すみません」


道を譲ってくれた男性に頭を下げ、足早に外に出る。
交代で店内に入った彼に笑顔でお礼を言った後、マスターに会釈をしてから帰路に着いた――。

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