ラストバージン
約束の十一時にマンションの下まで迎えに来てくれた榛名さんは、私の姿を視界に捉えるとすぐに助手席側の窓を開けた。


「おはよう」

「おはよう。迎えに来てくれて、ありがとう」

「うん。ほら、乗って」


榛名さんが屈めるようにしていた上半身を戻し、私は助手席のドアを開ける。
温度調節のされた車内は心地好かったけれど、彼が隣にいる事で緊張感が強まった。


この距離に緊張するのは、今日が初めてじゃない。
ただ、これまでに経験していた感覚とはまた別のものが加わったそれは、どうにも居心地を悪くさせた。


「寝不足の顔だね」

「……そんなにひどい顔してる?」


車を走らせる榛名さんの横顔は、どこか困ったような笑みを浮かべている。
その表情に自分がひどい顔をしているのだと理解し、呆れ混じりの苦笑が漏れた。


お互いの様子を窺うように会話は少なく、これから水族館に行くというのにそんな雰囲気からは程遠い。


「朝ご飯は食べた?」

「ううん」

「僕もなんだ。少し早いけど、先にご飯にしようか」

「そうだね」


家を出てからまだ十五分程しか経っていなかったけれど、私達はすぐ先に見えたファミレスに入る事にした。

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