ラストバージン
「美味しい。やっぱりマスターのコーヒーが一番好きです」

「ありがとうございます」


同じ物を淹れたマスターは、私に笑みを向けてからカップに口を付けた。


いつも〝ブレンド〟と呼んでいるけれど、正式な名称は〝カエデブレンド〟。
お店の名前をしっかり背負うだけあって、ここで一番人気のメニューらしい。


常連客のほとんどはブレンドを注文しているし、私もこれ以外を選ぶ事はほとんどない。


「マスターのコーヒーを飲むと、ホッとするんです」

「恐縮です。気まぐれで休むようないい加減な店ですけどね」

「そこがまたいいんですよ」


年中無休を謳うファーストフードやファミレスも悪くないけれど、店主が趣味で経営しているようなお店には何かしら魅力がある。
密かにそんな持論を持っている私にとって、きっと楓以上に好きになれる喫茶店はないだろう。


「そういえば、少し前まではよく榛名さんと来て下さっていましたが、彼とは相変わらず連絡を取り合っていますか?」

「いえ、最近はあんまり……」


突然榛名さんの名前が出た事にビクリと強張ったけれど、まさか連絡先を消してしまったなんて言えるはずもなく、微笑むマスターに必死に平然と笑みを返した。

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